第一章:狂気
突然のユノアの登場に固まっていた村人達が、ようやくざわめき始めた。
「お、おい…。これ、ユノア、だよ、な…」
「なんで、…ここにいるんだ」
ロザははっとした。慌てて村人に指示を出す。
「お、お前達。何をしてる!早くユノアを捕まえるんだ。ディティの兵士に渡さなければ」
「は、はい!」
無防備な後姿を見せているユノアに、村人が近付こうとしたときだった。ユノアが静かな声で言った。
「…何故、殺したの」
村人達は、金縛りにあったように動けなくなった。ユノアが振り向いた。その顔は、怒りに燃えていた。
「お父さんとお母さんが、何をしたの!二人を殺して、何が解決するというの!私を殺せば良かったじゃない。どうして!どうして!どうしてよ!」
村人達は後ずさった。銀色の髪の毛を振り乱したユノアの姿は、人々を威圧し、恐れさせるのに十分な効果があった。そこにいる全ての人間が、身の危険を感じていた。
ユノアの頭の中で、ダカンの声がする。
(ユノア、皆を憎むな。憎んだって、いいことなんてない。悲しみが残るだけだ。憎むんじゃない!ユノア!)
だが、ユノアの心の中に吹き荒れる憎しみの嵐は、もう止めることは出来なかった。
ユノアの目の前に立っていた村人の一人が、極限の緊張に耐えれなくなり、遂にユノアに向かって刀を降った。
「うおおぉぉ!」
怒声と共に向かってきた刀を難なく避けると、村人が倒れた拍子に落とした刀をユノアは拾い上げた。
それを合図として、他の村人達も一斉にユノアに襲い掛かってきた。ユノアは天に向かって吠えた。押さえ込まれていた力が、爆発した。
とめどなく押し寄せる村人達の身体に向かって、ユノアは刀を振るった。血しぶきを上げて、次々と村人が倒れていく。
ユノア一人に対して、何十人もの村人が一斉に戦いを挑んできた。それでも、ユノアは傷一つ受けることはなかった。
村人に、ユノアの姿は見えてはいなかった。物凄い速さで、ユノアが動き続けていたからだ。
血の雨が降っているようだった。地面には、血の池が幾つも出現した。
これだけ動いているのに、ユノアの目は虚ろだった。ザジとハドクを殺した時と同じ、無意識の目だった。
もはや、武器を持っている村人はいなくなった。それでもユノアの動きは止まらない。
ロゼもユノアの刀に切り伏せられた。ロザは謝罪しようとした。許しを請おうとした。その言葉を発する前に、ロザは絶命していた。
建物の壁にすがっている最後の一人に対して、ユノアが刀を振りかざした。だがそこでぴたりと動きが止まった。それはゾラだった。ゾラはがたがたと震え、目を見開いてユノアを見つめていた。
あっという間に、ユノアの心が冷めていった。その手から、刀が落ちた。
ユノアは周囲を見渡した。血の海に、百人もの村人が横たわっている。ユノアの着る白かった服も、銀色の髪の毛も、血の色に染まっている。
涙が目に溢れた。大粒の涙が、とめどなく頬を伝っていく。憎しみが消えて、悲しみが押し寄せてくる。
ゾラが見守る中、ユノアはダカンとカヤに近付いた。二人の頭を拾いあげると、胸に抱き締めた。二人の頬に頬擦りしながら泣き続けた。泣く姿は、まだ幼い十歳の子供そのものだった。
二人の頭を抱いたまま、ユノアは歩き始めた。ゾラは動けないまま、その姿を見送った。ユノアの姿は、遂にゾラの視界から消えた。