第一章:村へ急げ!
ユノアは山の中で朝を迎えていた。
ファド村を目指して一晩中山の中を彷徨っていたが、完全に村への方角を見失っていた。夜の間は追手の声が山中に響いていたが、もうその声も聞こえない。ディティからはかなり遠くへ離れたらしい。
追手の恐怖はなくなったが、どちらへ向いて歩いたらいいのか分からず、途方に暮れていた。
一晩中裸足で歩き続けて、足は傷だらけだった。その痛みにようやく気付いて、身体を休めるためユノアは座り込んだ。
落ち着いてファド村への道を考えるつもりだったが、頭の中を過ぎるのは自分を責める言葉ばかりだった。
ハドクを殺してしまった。その知らせはもうファド村にも届いたのだろうか。そのせいでダカンとカヤがまた酷い目に合わされていたらどうしよう。ユノアの目にまた涙が滲んだ。
何故、止められなかったのか。もう二度と、人を殺したくなどなかったのに。
人を憎むな、というダカンの言葉が、今更ながら頭をよぎる。その言葉を実践できていたら、今回の悲劇はなかった。ハドクを憎んだがために、力が暴走したのだ。
愚かな自分のために、これ以上ダカン達に迷惑をかけるわけにはいかない。ファド村に着いたら、土下座して謝って、自分の命も捧げるつもりだ。再び同じ過ちを犯した自分に、自分自身、愛想を尽かしていた。
くよくよしている時間などない。ユノアは自分を奮い立たせた。とにかく早くファド村に行かなければ。
立ち上がり、また山の中を彷徨い始めた。
何時間歩いただろうか。疲れきったユノアの前に、一つの祠が現れた。その中に、一体の地蔵が安置されている。
ユノアの表情が緩んだ。祠の前に膝をついて、手を合わせる。どうか、ファド村に帰れますように。もう一度、お父さんとお母さんに会わせてください。
ふと、ユノアは違和感に気付いた。この祠の周りだけ妙に小奇麗なのだ。雑草や枝が切り払われ、最近花が供えられた痕跡もある。誰かが、こんな山奥で忘れ去られていた地蔵の手入れをしたのだ。
はっとした。こんなことをするのはダカンくらいしかいない。ダカンは一人で地道に、忘れ去られた神像を綺麗にして回っていたのだ。
地蔵の祠から、草を踏み分けて造られた道が伸びていた。ダカンが歩いてファド村へと帰った道だろう。また新しい草が伸びて分かりにくくなってはいたが、かろうじて追うことが出来た。
ユノアは軽やかに走り始めた。