第一章:せめて心は共に…
ファド村でダカンとカヤは、村の集会所に捉えられたまま夜を明かしていた。きつく縄で縛られた手と足には血がこびりつき、青あざを作っていた。
だがカヤは、自分の手足の痛みよりも、隣でぐったりとしているダカンを案じていた。
ユノアが連れ去られた後も、ユノアを取り返そうと、何度も脱出を図った。だがことごとく失敗し、動けなくなるまで殴られたのだ。顔は腫れあがり、目も開けれない程だった。
ひゅーひゅーとおかしな音を出しながら息をしているのが、ダカンが生きていると確認できる唯一の証だった。ダカンに話しかけようものなら、カヤに対しても容赦なく拳が飛んできた。
今、二人を見張っているのは、ゾラを含む五人の村人達だった。
カヤは何度もゾラの様子を窺った。だがゾラは、一度もカヤを見ることはなかった。二人がいる方とは違う方へ目を向けて、じっと腕組みをしている。
ダカンとカヤの扱いについては、村人の間で何度も議論が交わされていた。二人を村から追い出そうという案がまず最初に上がったが、それには異論が出た。村から出せば、ダカンとカヤはユノアを救出に向かうだろう。それが成功するにせよ、失敗するにせよ、ハドクからファド村にお咎めがあることは間違いない。
ならば、村に拘束しておくのか?だがそれにも、村人は躊躇した。既に二人と村人との間には、埋めるこのできない溝が出来ていた。気まずい思いをしながら毎日を暮らしていくのは嫌なことだった。
だが、村人は口にこそ出さないが、誰もが思っていることがあった。ダカンとカヤを殺してしまえばいいのではないか。だが誰も言い出さなかった。
いざこざがあったとはいえ、ダカンとカヤは一緒に暮らしてきた村の仲間だ。それに、二人を殺すには、理由が足りなかった。ユノアを庇ったというだけなのだ。
二人に対する処遇を決められぬまま、時は経っていった。
ある知らせが村に届いたのは、そんな時だった。
集会場の扉が勢いよく開かれ、息せき切らした村人の一人が駆け込んできた。
「大変だ!今、ディティから早馬が来て…!ユノアが、ユノアが……」
ゾラ達は一斉に立ち上がった。カヤも目を見張ってそちらを向いた。
「どうした!何があったというんだ」
「…ユノアが、ハドク様を殺して山へと逃げたらしい。今ディティの街の兵士は総動員されて山へと繰り出し、ユノアの行方を追っているそうだ。そして、村の責任者はすぐにディティへ来るようにと、言われたそうだ」
ゾラが激しく壁を叩いた。
「なんてことを…!ユノアの奴!」
カヤは意識を失いそうになった。ザジを殺し、更にハドクまで…。もうユノアを庇ってやることは出来ないように思えた。
そんなカヤの耳元で、ダカンが囁いた。あれだけ殴られたというのに、しっかりとした口調だった。
「カヤ、駄目だ。君までユノアを疑えば…。ユノアは本当に一人ぼっちになってしまう。…可哀想に。ハドクにどんな目に合わされたことか。また力が暴走したんだろう。後悔して、自分を責めて、きっと今頃泣いている…。なんで俺達は今、ユノアの側にいてやれないんだ。傷ついたあの子を、抱き締めてやりたいのに…」
開かないダカンの目から、涙が溢れた。カヤも精一杯ダカンに寄り添うと、涙を流した。一瞬でもユノアに対して疑念を抱いた自分が恥ずかしかった。
今、ユノアはどこにいるんだろう。山の中で、追ってに追われて走り回っているんだろうか。きっと、自分達を求めてファド村へ向かっているんだろう。側にいて抱き締めてやることは出来ない。それでも、心だけは側に行けたら…。
ゾラ達は、ファド村に下される処罰を恐れて浮き足立っていた。ファド村から献上したユノアが、市長を殺したのだ。責任を取らされて、村人の何人かが処刑される事態も想像された。
「くそっ!あいつはやはり厄病神だったんだ。何故俺達がこんな目に合わなけりゃあならないんだ?咎めを受けることなんて、何もしていないっていうのに」
「あいつさえいなければ、平和な村だったのに…」
村人の声に、泣き声が混じる。そして悲壮はだんだんと、怒りへと変わっていった。
「…ダカンとカヤが悪いんだ。ユノアを拾ってきて、育てたりするから!」
「あの二人がいる限り、ユノアはこの村へ戻ってくるぞ!」
「そうだ。二人の首をディティに捧げるんだ。そうすれば、許してもらえるかもしれない」
「ダカンとカヤを殺せ!」
「そうだ、殺せ!」
怒り狂った村人達が、殺意を剥き出しにしてダカンとカヤに押し寄せた。
弁明する時間などなかった。ただ一人ゾラはその場に立ち尽くし、連れ出されていくかつての親友を、唖然として見送っていた。