第一章:美しい女
夜が明け、朝を告げる鐘の音が鳴ると同時に、ケベはハドクの寝室を訪ねた。
「ハドク様。お目覚めにございますか?」
中からはくぐもった返事が聞こえてきた。
「…ケベか。夜明け早々に何の用だ」
「ご無礼は承知しています。ですが、早々にお知らせしたい議がございまして。実は、ハドク様が前々より所望されていたファド村の娘、ユノアが、夜明け前にここへ参りました」
「何!」
ハドクは布団を跳ね飛ばして起き上がった。隣で眠っていた裸の女が、寒そうに身体をくねらせた。
「ユノアと言ったか。それは本当か」
「本当でございます。すぐにお会いになりますか?」
「ああ。そうしよう。居間に待たせておけ」
「仰せの通りにいたします」
身支度もそこそこに、巨体を揺らして居間に走りこんできたハドクは、そこにいたユノアを見た途端、目を見張った。
ユノアの顔は、まさにハドクが思い描いていた通りのものだった。だが目を引かれたのはその髪の毛だった。ハドクはごくんと喉を鳴らした。口をぽかんと開け、足をふらふらとさせながらユノアに近付いていった。
気味悪そうに、ハドクから身体を離そうとするユノアだったが、ハドクは構わず、両手でユノアの顔を引き寄せた。目を逸らし、身をよじって逃れようとするユノアだったが、ハドクは執拗にユノアの顔を凝視した。
期待以上の衝撃だった。ユノアの全てが、今まで見てきたどの女と比べても飛びぬけて魅力的だと感じた。容姿の美しさはもちろんだが、ユノアの持つ神秘的なオーラをハドクは感じ取っていた。
銀色の髪の毛であることも、ハドクにはたまらない魅力だった。この女はこの世に二つとない特別な女だ。自分のものにしなければ、という欲望が頭の中で渦巻いている。
目の前で、ハドクの顔の肉の油がぎらついている。今にもよだれが垂れそうに緩みきっている口から吐き出される息が顔にかかる。
ユノアは嫌でたまらなかった。目をぎゅっと瞑って、早くハドクが離れるのを待った。
そのきっかけを作ったのはケベだった。
「ハドク様。そろそろ政務の始まるお時間でございます。朝食を摂られませんと…」
ハドクは離れがたそうに溜息をついた。
(まあ、いい。楽しみというのは残しておけばおくほど大きくなるというもの)
ハドクはユノアから離れると、ケベに向かった。
「ケベ。良くやったな。褒めてやるぞ」
「…とんでもありません。全て、ハドク様に対する人民の忠誠の証でございます」
台本に書かれているかのような受け答えをしながら二人は去っていった。
残されたユノアは、どろどろとした黒い液体が身体にこびりついてくるようなハドクの感触を忘れられず、身体を震わせていた。
ダカンの言葉を、ユノアは思い出していた。
「ユノア!逃げるんだ。俺達のことは気にしないでいい。ハドの思い通りになんてさせるな!」
ユノアは迷っていた。ユノアに対する見張りは手薄で、ユノアがその気になれば逃げ出せそうではあった。それは、ユノアに執着しているのがハドク一人だということを意味していた。
ハドク以外の屋敷内の者達は、ユノアにあまり関心を示さなかった。関わらないようにしているというのが正しいかもしれない。
もちろんユノアはすぐにでも、ダカンとカヤの元へ帰りたかった。二人が今どんな目にあっているのか。また殴られてはいないか。心配でたまらなかった。
でも今ハドクの元から逃げ出せば、更に酷い仕打ちをダカン達が受けるのではないか。そう思うと、ユノアは動き出せなかった。
だが、ユノアは分かっていなかったのだ。何故ダカンがあれ程までに声を荒げて逃げろと言ったのか。ハドクが自分に対してどんな欲望を抱いているのか。どんなおぞましい行為が待ち受けているのか。
ユノアがもっと大人だったら、男の性への欲望というものを理解していたら、必ず逃げ出していただろう。
ザジがユノアへした行為は、ユノアへの恋心からだった。だが、ハドクは違う。
降りかかる過酷な現実とは対照的に、あまりにユノアは幼すぎた。