第四章:全てを平伏させる力
それまで黙っていたリックイが、怒りを顕わにしてヒノトを睨みつけた。収まっていたリックイのパワーが、再び爆発する。
「…お前に、何が分かる!」
部屋の中で竜巻が発生したかのようだった。リックイの周囲で爆発的に噴き出したパワーの強さに、部屋の中にいた人も、家具も吹き飛ばされる。
ユノアも態勢を崩して床に倒れ込んだ。痛みに顔をしかめながら目を開けた。その目に、怒りに震えながらヒノトに近づいていくリックイの姿が映った。
リックイは怒りを隠そうともせず、ヒノトに言った。
「…ジュセノス王国とは、緑に溢れた豊かな国らしいな。そんな恵まれた国で、安穏と暮らしてきたお前などに、私の気持ちが分かってたまるか!…ツェキータ王国は昔から、過酷な自然環境に苦しめられてきた。神々の気まぐれで干ばつなど起ころうものなら、何万もの民が飢えに苦しみながら死んでしまうのだ。そんな理不尽な扱いから民を救おうと、歴代のツェキータ王は立ちあがったのだ。神と戦い、対等の、いや、それ以上の立場になることで、自然を思うままに操り、豊かな恵みを民にもたらしてきた。それは、私が生まれる前からずっと続いてきた、民のための戦いだ。私が生まれたときにはすでに、ツェキータ王家とは、神から憎まれる存在だった。もう、後戻りなど出来ぬのだ!神との戦いに勝ち続けることしか、ツェキータ王国が生き延びる道はない!」
ヒノトは憐れむようにリックイを見つめた。その目に、リックイに対する怖れはなかった。
「…自然の脅威に脅かされぬ国など、この地上にある筈はありません。我がジュセノス王国とて、同様です。飢饉で国民が餓死する姿を、私は何度も見てきました。その度、自然を恨んでもきました。ですが、災い以上に、自然がもたらしてくれる恵みは大きい筈です。どうかその事実を、忘れないでください。自然に、神に対する感謝の気持ちを何よりも忘れてはいけないのは!…民を治める王なのです」
どうやっても自分に賛同しようとしないヒノトに、リックイの苛立ちも頂点に達したらしい。
「うるさい。うるさいー!」
リックイがヒノトに向けて右手をかざした。その掌に、もの凄い強さのパワーが集中するのを感じて、ユノアは反射的にヒノトの前へと飛び出していた。
「ヒノト様!」
ユノアの身体の中心にある青い珠が、一瞬にして熱く燃え上がった。ヒノトを守りたいという気持ち。神を抑え込もうとするリックイへの反抗心。様々な気持ちが、一気に爆発したのだ。リックイの前では力を使えない振りをしていたことなど、すっかり忘れていた。
リックイの掌から放たれたパワーを軽々と受け止め、ヒノトを守ってみせたユノアを、リックイは驚愕の表情で見つめた。
だがすぐに、リックイの顔は歓喜へと変わった。
「素晴らしい…!力を使うとき、そなたの瞳はエメラルドグリーンに変わるのか…。銀色の髪の毛も、更に輝きを増すのだな」
リックイは再び右手をかざし、力を使った。ユノアも集中して、リックイのパワーを押し返そうとするが、すぐに絶望感に襲われることとなる。
ユノアがどんなに力を大きくしても、それを遥かに上回るパワーで、リックイはユノアを抑え込んだ。
ようやくリックイが力を使うのを止めたとき、ユノアは息も絶え絶えの状態だった。瞳の色は元に戻り、ぜいぜいと肩で息をしている。
心配そうに手をかけたヒノトに、返事をすることも出来なかった。
そんなユノアを見て、リックイは楽しそうに笑った。
「はははっ!ルシリアでさえ、この私の力には、手も足も出ぬようだな!…見たか、ヒノト王。これが私の力だ。この力さえあれば、何者にも左右されぬ、理想の国家を築くことが出来る。この力こそ、真の王者に必要なものだ」
勝ち誇るリックイに、ヒノトはもはや何を言うことも出来なかった。そんなヒノトを見て、リックイは自分の勝利を確信したらしい。
「ルシリアでさえ、私には遠く及ばない…。だが、素晴らしい!素晴らしい力だ。私は、自分以外にこれ程の力を持つ者を初めてみたぞ。それに、まだまだ磨けば光りそうだ」
リックイはユノアのすぐ前に膝をつくと、顎を持ちあげ、ユノアの瞳を覗き込んできた。
「逃がさぬぞ、ルシリア。必ず私に服従させてみせる。そして共に、強大な国家を造り上げるのだ」
立ちあがり、リックイはヒノトを見下ろした。
「…お優しいヒノト王は、さぞかしこのような国にいるのが不快なことだろう。だが、ルシリアを残して、この国から去ることも出来ぬだろう?…ヒノト王が気に入らない方法で、我がツェキータ王国が更に飛躍する様子を、爪でも噛みながら眺めているがいい!」
高らかな笑い声を残して、ヒノトは部屋から出て行った。イダオもすぐにその後を追いかける。
部屋の中には、ジュセノス王国の一同だけが残された。
膝をつき、項垂れるヒノトに、ユノアがそっと声をかけた。
「ヒノト、様…?」
だが、ヒノトは顔をあげない。泣いているようにさえ見えた。
「これほどまでに、自分が無力だと思ったのは、初めてだ…。ユノアに守られなければ、もう俺の命はなかっただろう…。ユノアは自分の力を晒してまで、俺を助けてくれたのに、俺には、ユノア一人、救うことが出来ない。リックイ王はもはや決して、ユノアのことを離さないだろう。すまない。すまない…!」
ヒノトの謝罪の言葉を聞いて、ユノアの目にも涙が浮かんだ。
「ヒノト様…!」
悔しくて仕方がなかった。絶対的な力を持つリックイに対して、そのやり方に反論したヒノトの勇気は正しいと信じているのに、今の状況では、あまりに愚かな行動だったと言わざるを得ない。そんな状況をどうしようも出来ない自分が情けなかった。
だが、どんなに悔しく思っても、やはりどうしようも出来ないのだ。リックイの持つ力の凄まじさを身を持って感じたのは、ユノア自身だった。
ユノアだけではない。誰もが、リックイの強大さを思い知らされていた。キベイも、オタジも、唇を噛みしめたまま何も言えずにいる。
あまりに大きなリックイに、誰もが心を制圧されてしまっていた。