第一章:ダカンの嘆き
ゾラを先頭にして、村の男達総勢二十人がダカン家の前に経ったのは、一週間後のことだった。
すっかり腕の傷も回復したダカンが、ゾラと対峙した。
だが二人の間には、以前のような気さくさはなかった。物心ついたころからいつも一緒で、お互いに何でも話し合った。隠し事などしなかった。一番頼りにできる存在だった。それが今はどうだろう。ダカンは、何を言うつもりだと、ゾラを目で牽制している。
ゾラは淡々とした口調で言った。
「ダカン。ディティ市長のハドク様を知っているな。そのハド様から、手紙が来たんだ。前にお前達がディティに行ったとき、ハド様がユノアを見て、気に入られたらしい。ぜひユノアを譲って欲しいと。そんな内容だった」
ダカンは顔を青くした。そんなダカンを、ゾラは冷静に見つめている。
「どうだ。ダカン。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのハドク様だ。名誉な話じゃないか。すぐにユノアを差し出す準備をしろ」
「ゾラ、お前…。本気でそんなことを言っているのか。貧しい人々から税を搾り取るあの悪人の元へ、ユノアを差し出せと?」
するとロザがダカンを叱り付けた。
「口を慎め、ダカン!ディティ市長のハドク様に向かって、何といういい様だ」
「いくらでも言ってやりますよ!あんな奴…。最低の野郎だ。可哀想な女達を、俺達から搾り取った金で買ってるっていう話じゃないですか。国王様が変わって、政治が落ち着けば、きっとすぐに市長の座を追われますよ」
「ダカン!口を慎め!」
「…ユノアは俺の大事な娘だ。ファド村の一員でもあるんですよ。それなのに、どうしてユノアを差し出せなんて、そんなに簡単に言えるんですか。そんなことを言うあんた達の心が、俺には信じられない」
すると、ゾラがふんっと笑った。
「ユノアがファド村の一員だと?一体誰が、そんなことを認めているというんだ。ユノアが来てからというもの、村の結束は乱れるばかりだ。ユノアのあの異様な容姿と雰囲気が、どれだけ皆を不安にさせてると思ってるんだ。中には惑わされて、心を奪われてしまった者が、更に皆の生活を掻き回している。そんな中、ハドク様から手紙が来た。今までハドク様がファド村に目を向けたことなどなかったのに。一度目をつけられたら、どんな仕打ちをされうのか分からない。怖いお方だ…。それも全てユノアのせいだ!ユノアは明らかに、この村の平和を乱してるじゃないか!」
ゾラの言葉に合わせて、後ろにいた男達が一斉に叫び始めた。
「そうだ、そうだ!」
「俺達の了解も得ずに、得たいの知れない子供を村に連れ込みやがって。俺達がどれだけ不安に思ってこの七年暮らしきたのか、分かってるのか?」
「ユノアを追い出せ!」
「俺達の平穏な暮らしを返せ!勝手な行動は許さんぞ!」
ダカンは唇を噛み締めた。その目に涙が滲む。村人は驚いて、口をつぐんだ。
「…皆、卑怯者だ。皆の不満は、本当は別にあるんだろう?一向に楽にならない毎日の暮らし。それがこれから先ずっと続くんだろうという、希望のない未来。その一方で、金を湯水のように使うハドクのような人間もいる。皆が本当に憎むべきなのは、不公平な世の中だ。それがどうにもならないから、別のはけ口が欲しいんだろう。自分よりも不幸な存在を作りたいんだろう?それを幼いユノアに向けるのは卑怯だよ。一体ユノアが何をした?何か迷惑をかけたか?村の皆に快く思われていないことを知って、毎日息を潜めて暮らしてるんだ。それなのに、まだユノアを追い詰めようと言うのか?」
ゾラは答えた。
「…お前がどう言おうと、俺達の考えは変わらないぞ。ユノアは俺達とは決して共には生きれないんだ。それはユノアが俺達とは違うからだ。ユノアは変だ。ユノアがいると、村の結束力が弱まる。…それは十分に、俺達がユノアを憎む理由になる」
無茶苦茶だ。ダカンは首を振ってうな垂れた。
「…じゃあ、村を出て行くよ。それでいいだろう?もう俺達に構わないでくれ」
その言葉を聞いて、ゾラは目を暗く光らせた。
「駄目だ。もう既にファド村は、ハドク様に目を付けられてしまった。ハドク様に従順する以外、ファド村が生き残る術はない。…ユノアを差し出すんだ、ダカン。これ以上、村に迷惑をかけることは許さんぞ」
「ゾラ…!」
やはり、自分の言葉よりもユノアを優先するダカンが、ゾラは腹立たしくてたまらなかった。今やダカンに対する憎しみさえ感じていた。
(絶対に、ユノアをハドク様に引き渡してやる。)
ゾラは強く心に誓った。
この騒ぎを、固唾を呑んで見守っていた者がいる。ザジだった。
どうやら村の皆の意見が、ユノアをハドクに差し出す方向に向かっているのを察したザジは、そうなる前にユノアを自分の物にしなければと、唇を噛み締め、堅く決意していた。