第四章:秘密の地下室
リックイは何度も大きく呼吸をして、興奮を落ち着かせようと必死だ。
ようやく呼吸が落ちついてきたと思ったら、アテン=トゥスの神像に背を向け、足早に歩き始めた。
王らしくもなく怒鳴り散らした体裁の悪さを紛らわすかのように、エミレイに向かってぶっきらぼうに言い放つ。
「エミレイ!地下室の準備は、整っているのだろうな!」
エミレイはすぐにリックイの元に走り寄った。リックイの機嫌を損ねないように、細心の注意を払っているのが分かる。
「神官と、神殿の警備兵を可能な限り動員して準備をさせました。準備は、整っている筈です」
リックイは返事をしない。出来ていて当たり前だという表情だ。もし今、リックイの思い通りにならないことがあれば、その責任者はすぐに首を刎ねられてしまうだろう。
荒々しい足取りで、リックイはヒノト達の前に差し掛かった。ヒノト達には目もくれず、その前を通り過ぎていくかのように思われた。
ふとリックイが足を止めた。殺気にも似た荒々しい気配を帯びたまま、リックイがヒノトに目を向けた。
リックイの迫力に圧倒されながらも、ヒノトは静かにリックイの視線を受け止めた。ユノアはヒノトの後ろに隠れて、息を潜めている。
「ヒノト王…。そなたも、私と共に来るのだ」
リックイの言葉に驚いたのは、エミレイだった。慌てたようにリックイに言い寄った。
「リ、リックイ王!何を言われますか!…地下室は、他国の方にお見せできるようなものではありません」
言葉を濁しながら反対するエミレイを、リックイは冷ややかに見つめた。
「ヒノト王は、もはや我々の仲間も同然だろう。ツァタカを殺す姿を見せたのだ。他に何を隠す必要がある?」
リックイの決意を知って、エミレイは絶句した。リックイはヒノト達を、ツェキータ王国の抱える問題に、完全に巻き込むつもりなのだ。
それはつまり、ユノアを味方に抱え込むためだ。ユノアを得るためには、まずヒノトを味方として完全に取り込むことが必要なのだと、リックイは認識していた。
沈黙したエミレイから視線を外して、リックイは再びヒノトに目を向けた。
「ヒノト王は既に、ツェキータ王国が外国に対しては隠していた秘密を見てしまったのだ。…こうなれば、全てを見てもらうぞ」
あまりに強引なリックイのやり方に、さすがのヒノトも青ざめ、唇を噛みしめた。だがそれには気付かぬ振りをして、リックイはさっさと歩きだしてしまった。
「…さあ、ヒノト王。お進みください」
エミレイも心を決めたらしく、ヒノトを強引に進ませようとする。ヒノト達の周りは、ツェキータ兵に取り囲まれていた。
ジュセノス王に対する無礼な態度に怒ったキベイとオタジが、兵士達と争う構えを見せた。だがリックイは、二人を視線で留めた。
(止めるんだ。ここで戦っても、勝つ見込みも、逃げおおせる見込みもない)
二人は無念そうに動きを止め、項垂れた。
ヒノトは姿勢を正し、リックイの後に従って歩き始めた。静かな心で、これから知る事実を全て受け入れる覚悟を決めたヒノトには、ジュセノス王としての威厳が漂っている。
そんなヒノトの姿を見て、ユノアやキベイ達の足も自然に動いていた。ユノアの手を握るミヨの手も、緊張のためか汗ばんでいる。
ヒノトに付き従い、ジュセノス王国の一同もまた、地下室へ通じる階段へと吸い込まれていった。
地下室へと続く階段へは、エミレイ以外のツェキータ兵は立ち入ることは禁じられた。ツェキータ国内でも極秘とされている場所なのだ。そんな場所に入らなければならない不安に、ユノアの表情は暗い。
ところどころにある小さな松明に照らされるだけの薄暗い階段を、一同は慎重に降りて行く。視界は悪いのに、階段の幅は狭く、気を抜けば足を踏み外してしまいそうだ。
階段を下りるに従って、温かく湿った空気が辺りを漂い始めた。それと共に、何ともいえない奇妙な臭いが鼻をつく。
ヒノトも顔をしかめている。
(何なんだ?この空気は…。地下に温泉でも湧き出しているのか?いやだが、この臭いは硫黄とは違う。一体、この臭いは…)
この階段の先に、一体何が待ち受けているというのか。ヒノト達の足取りは重かった。
ようやく地下室にたどり着いたようだ。そこでは蒸した熱い空気と臭いが、更に濃く充満している。あまりに濃い空気に気分を悪くしたのか、ミヨがユノアに寄りかかってきた。
「ミヨ!…大丈夫?」
ミヨは返事さえできずに、小さく頷いただけだ。あまりにも今日、衝撃的なことが起こり過ぎて、疲れきってしまったのだろう。
そんな様子を見て、後ろにいたオタジが声を掛けてきた。
「ユノア。ミヨは俺が見ていてやろう」
「オタジ将軍…。でも…」
「いいから!お前は人の心配をしている場合じゃないだろう」
ユノアの手からミヨを受け取りながら、オタジはユノアを激励するように叱咤した。
「お前はしっかり、ヒノト様の後ろについていけ!」
ユノアは頷くと、リックイのすぐ後ろに付き従っているヒノトの元へと急いで駆け寄っていった。