第四章:絶望したセシカ
リックイの視線を、テセスはまっすぐに見返した。もはや覚悟を決めたらしい。その態度にはもはや、怖れも弱さもない。
「…リックイ王。私を、殺す気か?私を殺せば、私の母、テセスも黙ってはいないぞ」
リックイは感情の欠如した冷酷な表情で、テセスを見下すように言った。
「私は、何度も警告した筈だ。例え神であろうと、我がツェキータ王国に害を為す者は全て殺す、と。それでもお前達ツァタカは、我々に戦いを仕掛けてくる。…和を乱しているのは、お前達の方だ。自分達の愚かさを棚に上げて、我々を責めるのか?…お前達の力では、私には決して敵わないのだと、何故分からない?お前達のしていることは、全て無駄なことなのだ」
セシカは声を上げて笑った。
「何と…。思いあがりも甚だしい。…自分を何だと思っている?この世界の、人間も、神も含めた全ての存在の支配者だと思っているのか?お前の存在が、この世界にどれ程害を及ぼしているか。何故気付かない?」
リックイはぴくりと顔を歪めた。
「お前は、ツェキータ国王として、この国に住む人間達の暮らしを豊かにしようとする。だが、人間達が豊かな生活をすればする程、神々が必死に守っている自然の生態系は崩れていく。母なるテセス川にも、人間達の垂れ流す汚物が大量に流れ込む。川に住む魚達は、まだ大人になりきらぬ稚魚まで根こそぎ狩られ、人間達の腹に入れられる。だがどんなに川を汚しても、腹を満たしても、人間達の欲望は止まらない。もっともっと贅沢をしようとするのだ。それを与えてくれる自然や神への感謝さえ忘れて…。王であるお前の役目は、そんな人間達の欲望を止めることではないのか?何故分からない?」
黙ってセシカの話に耳を傾けていたリックイは、にやりと笑った。
「…話は、終わったか?」
リックイの表情を見て、セシカの顔に再び絶望がよぎる。
「お前が何と言おうと、私の心には届かぬぞ。ツェキータ王国の繁栄を阻もうとする者がいるのならば、力づくでも払いのける。それは、私がまだ皇子だった頃から固く変わらない誓いだ。…私を止めたいのならば、力づくで止めよ。弱き者が何と言おうと、それは何の力もない、ただの戯言だ」
セシカはがっくりと項垂れた。その目から、大量の涙が溢れ出す。
「母君様…。申し訳ありません。セシカは、ここで命を絶たれるようです。神としての役目を果たせなかったこの愚かな娘のことなど、どうかお忘れください…」
リックイは再びエミレイを見た。
「どうする?私がセシカを殺すのか?…それとも、お前がやるのか?」
エミレイは表情を引き締め、リックイに言った。
「私に、やらせてください。既に私は多くのツァタカの命を奪ってきたのです。それがセシカであろうと、たった一人増えるだけのこと」
「そうか。では、早くせよ」
リックイは、まるで虫けらが殺されるのを見るかのように、無表情でセシカを見つめている。
セシカは完全に敗北を認め、静かに自分の死を待っている。
エミレイの振り下ろした剣が、セシカの首元に突き刺さる。あまりにもあっけなく、セシカは絶命した。
その瞬間、ユノアの中にある青い珠が強く傷んだ。ユノアは思わず胸を抑え、呻いた。
たった今まで傍で輝いていた、仲間ともいえる青い珠が、砕け散った。その無念の叫びに、ユノアの中の青い珠が共鳴しているようだった。
(私は、仲間を裏切ったの…?)
強い不安に心を揺さぶられて、ユノアは目の前が暗くなる思いだった。
セシカの遺体は、母なるテセス川に流された。緩やかな茶色の水の中に、セシカの遺体はあっという間に飲み込まれていった。
娘の遺体をその身の中に抱いて、今、女神テセスは、どんな気持ちでいるのだろう。
穏やかなままのテセス川の流れが、テセスの暗く沈んだ気持ちを表しているようで、リックイを始め、その場にいた誰もが言葉を失い、悠々と流れ続ける大河を見つめていた。