第四章:ツァタカとの戦い
リックイの元へ、息せき切らしたエミレイが戻ってきた。
「リックイ王!すぐにリーベルクーンへお戻りください。…ツァタカが現れました」
リックイはエミレイを睨みつけ、鋭く尋ね返した。
「ツァタカだと?」
「兵士達の話では、テセス川から上がってきたそうです。ワニの姿をして、兵士達の心臓を食い、巨大化しているようです。…今日は各国の来賓もおられることですし、一刻も早くリーベルクーンに帰ることをお考えください。ツゥタカの始末は、後日でもよろしいかと…」
リックイは不機嫌そうに顔を背けた。
「くそっ…!よくもこうも頻繁に現れるものだ!…どう足掻こうと、私には敵わぬことが、まだ分からないのか!」
エミレイは声を潜めた。
「リックイ王!どうか、お気を沈めてください。…私が特別護衛隊を率いて、食い止めます。その間に、リーベルクーンへ向かって出発してください」
リックイは怒りに身体を震わせながらも、怒りを抑え込んで立ちあがった。
「すぐにリーベルクーンへ出発する!隊列を整えよ。ツェキータ兵は、各国の代表方を護衛せよ!」
何事だと不安そうに騒ぎ出す代表達を強引に整列させ、リックイは一行を率いて馬を進め始めた。
それを見届けると、エミレイは大きく声を上げた。
「特別護衛隊!集合せよ!」
するとあっという間に、二十人程のツェキータ兵が集まってきた。他のツェキータ兵と同じ服装をしてはいるが、この二十人の兵士が放つオーラは、異様なものだった。鍛え抜かれた手足は太く、目はぎらぎらとした光を放っている。
整列した兵士達を見渡して、エミレイは剣を抜いた。剣を空高く掲げ、エミレイはよく通る声で言った。
「ツァタカが現れた。ワニの姿をして、人間の心臓を食らって成長するようだ。誰かが倒されて心臓を食われれば、ツァタカは更に力を増し、倒すのが困難になるだろう。…我々、特別護衛隊の心臓ならば、尚更だ。心臓を取られないように、充分に注意するように。…我々の存在意義は、ツァタカの脅威からツェキータ王国を守ることだ。今こそ、その存在意義を示すのだ!」
エミレイの言葉に応じて、兵士達は怒号を上げる。早く戦わせろと、地面を強く踏み鳴らして、エミレイを急かしている。
「行くぞ!」
そう叫んで走り始めたエミレイの後に続き、兵士達も剣を抜いて走り始めた。
エミレイの前方には、体積を増して動きが鈍くなったツァタカが、じわじわと迫ってきている。
エミレイ達が殺気を帯びて走り出す様子を、ヒノトとキベイは見つめていた。二人は、リックイ達が出発した後も、異変の実情が気になって留まっていたのだった。その視界には、強い威圧感を持って近づいてくる、ツァタカの異様な姿も映っていた。
「…キベイ。一体何が起こっているんだ?エミレイ将軍が戦おうとしている、あの不気味な姿をした生き物は何だ?」
「…私にも分かりません。ヒノト様、ここはひとまず、安全な場所に移られたほうが良いのでは?」
キベイの提案に、ヒノトは首を振った。
「いや…。エミレイ将軍が戦いを始めようとしているのを目の前で見て、自分だけ逃げるわけにはいかない。助太刀しなければ!」
キベイが止めるよりも先に走り出したヒノトを追って、キベイやその他のツェキータ兵も慌てて剣を抜き、何の情報も持たない怪物に向かって戦いを挑むため、走り始めた。
ライオンの弔いを終え、ヒノト達に合流するために急いで走っていたユノアは、突然驚いたような表情になって立ち止まった。
ユノアの速さについていこうと、必死に追いかけていたミヨ達は、慌てて止まらなければならなかった。
息を弾ませながら、ミヨは尋ねた。
「ユ、ユノア?…どうしたの?」
対照的に、息の乱れさえないユノアは、緊迫した表情で、じっと前を見つめている。何かを探るように、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
目を開いたとき、ユノアは思いがけない言葉を口にした。
「…前方に、とても大きな力を感じるわ。たぶん、神と呼ぶべき力だと思う。一つだけじゃない。とても、たくさん…。でも、どうしてだろう…。どれも全て、荒々しい。怒っているみたい」
力を感じる方向に、自分の中で熱く蠢く塊と同じ熱さを、ユノアは感じていた。それはきっと、ドゥゼクの言う「青い珠」なのだろう。「青い珠」を持っているのならば、それは神だということだ。
研ぎ澄まされたユノアの感覚は、もう一つの事実を感じていた。
「すぐ傍に、ヒノト様がいる!」
そう叫んで、ユノアは走り始めた。人間ではとても追いつくことの出来ない、凄まじい速さだった。
既に姿が見えなくなったユノアの後を追って走りながら、ミヨはオタジに向かって叫んだ。
「オタジ将軍!私のことは置いて、ユノアを追ってください!」
オタジは戸惑った。
「だ、だけど…。お前だけで大丈夫か?」
「私よりも、ヒノト王の心配をしてください!どうか一刻も早く、王の元へ!」
オタジは、表情を曇らせたまま、頷いた。
「ああ、そうしよう…。だがお前も、なるべく早く追いついて、合流するんだぞ!」
そう言い残して、オタジは走る速度を上げた。ユノア程の速さはないが、それでも超人離れした動きで、オタジの姿もすぐに見えなくなってしまった。
残されたミヨは、心細さからくる不安と戦いながら、必死に走って後を追った。