第四章:熱気と憂鬱
草原に到着したツェキータ兵達は、テントを張り、陣を構えた。その中では早速、料理人達が食事の準備を初めている。
陣営に中央に張られた、一際豪勢なテントの中に、リックイはヒノトを連れて入っていった。各国の代表達も、それに続いていく。
テントの中央にリックイは腰を降ろし、ヒノトをその隣に座らせた。
親しげな態度で、リックイはヒノトを気遣った。
「ヒノト王。さぞ疲れたことだろう。水でも飲んで、身体の火照りを冷ますといい」
差し出された水を、ヒノトは素直に受け取った。
「有難く頂戴いたします」
テントの中でリックイ達がくつろいでいる間にも、ライオン狩りの準備は着々と進んでいく。ライオンを探すために、猟師が広大な草原に散らばっていく。ライオン以外の様々な猛獣も暮らす草原のため、王や各国の代表達にもしものことがあってはならないと、兵士達は気を張り詰めて辺りを警戒している。
テントの中では、各国の代表達が興味深々といった様子でヒノトに話しかけていた。
ジュセノス王国とはどんな国なのか。どんな作物が取れて、どんな文化があるのか。中でも一番多く質問を受けたことは、グアヌイ王国との戦いぶりだった。
どんな質問にも、ヒノトは面倒くさがる様子もなく、丁寧に答えていったので、各国の代表達はジュセノス王としてのヒノトに好感を持ったようだった。
ヒノトへの質問攻めもようやくひと段落した頃、リックイが口を開いた。その目は、ヒノトの後ろに控えていたキベイとオタジに向けられている。
「どうだ。ライオン狩りの一番手に、二将軍が行ってみないか」
思いがけないリックイの提案に、キベイとオタジは目を丸くし、言葉をなくしている。
慌ててヒノトが返事を返した。
「それは、思いがけないお言葉です…。キベイとオタジは、ライオンを見たこともないのです。一番手という大役を、はたして果たせるでしょうか」
リックイは笑い声をあげた。
「…鬼と呼ばれる勇猛な将軍が、たかが猛獣を恐れるのか?将軍達は、一人で千人の敵兵を殺すと恐れられていると聞く。そんな将軍でも、未知なる猛獣は恐ろしいか」
ヒノトは困り顔で、キベイとオタジを振り向いた。リックイにここまで言われて引き下がるわけにはいかない。
「ヒノト王…。戦士にとって、戦いの一番手を任されるというのは大変名誉なことです。ぜひやらせていただきたい」
キベイの言葉に、リックイは満足そうに頷いた。
「そう来なくては!さすがはジュセノス王国の勇者だ」
テントの中は、キベイとオタジに向けられた拍手喝采で沸いた。
リックイは、後ろに影のように控えていたエミレイに言った。
「エミレイ。ライオンが見つかり次第、二将軍をお前が案内するのだ。二将軍の思うように出来るよう、邪魔にならぬようにするのだぞ」
リックイの言い方は、例え二人が危機的状況に陥っても、手助けをするなというようにも聞こえる。
不安そうにしているヒノトには気付かない様子で、リックイは立ちあがった。
「そろそろ準備が整った頃ではないか。外へ出てみることにしよう」
リックイがテントの外に姿を現すと、整列した兵士達が大きく歓声をあげた。リックイは手を振って、兵士達の声に応えている。
その後ろ姿を見ながら、ヒノトはそっとキベイとオタジに尋ねた。
「お前達…。大丈夫なのか?ここで見栄を張って怪我でもしたら…」
「ヒノト様。私達のことは心配なさらず…。私とオタジが二人で戦うのです。まず負けることはないでしょう。それよりも…。私が心配なのは、ヒノト様の御身です。我々を一番手にやることが、ヒノト様と我々二人とを引き離すための作戦だったとしたら…」
「そして、リックイ王が私に害を為すというのか?…それは、あり得ないだろう。これだけの人の目がある中だ」
「ですが、ヒノト様…。周りにいるのは全て、ツェキータ王国の人間なのです」
「…そんなことを言い出したら、何もかもを疑ってかからなければならない。少人数でツェキータ王国に滞在している以上、リックイ王を信じるしか、我々に出来ることはないだろう」
「そう、ですね…」
頷いてはみたものの、キベイはまだ踏ん切りがつかないらしい。
「ユノアに、ヒノト様の警護を頼めたらよいのですが…」
キベイはそう言って、視線を横に向けた。テントの外で、ジュセノス王国の警備兵十数人が、肩身が狭そうにして立っている。その中に、ユノアの姿もあった。
ユノアは虚ろな瞳で、ぼんやりと立っていた。隣にいるミヨが時々何かを話しかけてはいるが、反応は薄い。
そんなユノアを見て、キベイは深くため息をついた。
「あの様子では、とてもヒノト様の警護は務まらないでしょうな…」
昨夜、ピラミッド観光から戻ってきてからずっと、ユノアの様子はおかしかった。何をするにも表情が虚ろで、口数少ないまま、さっさと自分の部屋へ引き込んでしまった。ヒノトでさえ、昨夜ユノアとは、会話らしい会話を交わしてはいないのだ。
ピラミッドに行き、そして目の前で、リックイの驚異的な能力を見せ付けられたのだ。一体何を感じたのか聞きたかったのだが、昨夜ヒノトにもそれが出来なかった。
「…衝撃的な出来事が次々に起こるので、疲れているのだろう。今日はユノアには何の任務も与えず、そっとしておいてやってくれ」
「…はい。承知いたしました」
キベイが頷くのを見届けてから、ヒノトは再びユノアに目を向けた。ユノアはヒノトの視線には気付くことなく、ぼんやりしたままだ。元気のないその表情に、ヒノトの口からも思わずため息が漏れていた。
そんなヒノトの更に後ろからユノアを見つめる視線があった。それはリックイだった。憂鬱な表情のユノアと、そんなユノアを心配そうに見つめるヒノトを見るリックイの目は、とても静かで、冷たささえ感じる光を帯びていた。
ライオンの群れが見つかったとの報告が入ると、エミレイが早速ヒノト達の元へとやってきた。
「キベイ将軍。オタジ将軍。準備はよろしいですか?そろそろ出発しようと思うのですが…」
「ええ、準備は出来ています。いつでも出発できますよ」
「そうですか。では、こちらへ。ライオンの群れまで、私が案内いたします」
エミレイの後に続いていくキベイとオタジに、ヒノトは力強く頷いてみせた。キベイとオタジも頷き返し、表情を引き締めて歩き去っていく。
二人の後ろ姿を見ながら、ミヨはユノアの腕にすがりついた。
「ね、ねぇ。ユノア、オタジ将軍達、大丈夫かな。ライオンって、どんな動物なんだろう。凶暴なのかな。お二人が、怪我したりしないかな?」
心配そうに声を震わせるミヨの言葉で、ユノアはようやく顔をあげた。その耳に、馬に跨って草原に走り出していくキベイ達を煽るような、ツェキータ兵の大歓声が聞こえてきた。