第四章:ライオン狩りへ出発
翌日は朝早くから、ライオン狩りに向かう一団が、リーベルクーンを出発していった。
今日はヒノト達だけでなく、リーベルクーンを訪れている各国の使節団も、リックイは招いていた。使節団の代表は、初めてみるジュセノス国王の姿に、興味深々のようだ。
その他にも、リックイを護衛する兵士達や、ライオンを探す猟師達、更に、食事の支度をする料理人、怪我をしたときのための医師団など、一団の総人数は、昨日とは比べ物にならない程に膨大だった。
そのあまりの多さに、キベイとオタジは呆れ顔で顔を見合わせた。
「何だ、こりゃ…。ここまでしてやらなきゃいけないことかよ。ライオン狩りって…」
「…。それが許されるのが、ツェキータ王の権威なのだろう。だがお遊びのせいで、万が一にも王が怪我をしてはならない。警備が厳重になるのも、仕方のないことだろう」
「はあ、そんなものかね…」
今日のオタジは、いつもに増して不機嫌な態度だ。こんな娯楽に付き合わされるのが嫌いなのだろう。
キベイは厳しい口調でオタジに言った。
「気を引き締めんか!こんなお遊びのせいで、リックイ様に何かあっては取り返しがつかない。一時もお傍を離れず、しっかり警護しなければ」
「わ、分かってるよ…。でも…。キベイは、このライオン狩りで、リックイ王が何か企んでいると思っているのか?ヒノト様に害を与えるつもりだと?」
「…リックイ王の考えていることなど、私にはさっぱり分からん!私がしなければならないことは、たった一つだ。ヒノト様を守ることだ。この命に変えても…。そして必ず無事に、マティピに帰っていただく。それだけだ」
キベイの気迫は、戦場へ向かう大将軍のときのものと全く同じだった。それほどキベイが緊張しているのだと思うと、オタジの気持ちも高ぶり、さっきまでの面倒臭いと思う気持ちなどなくなっていた。
だが、戦場に向かうときとは違う得体の知れない不安を、オタジを感じていた。戦を怖いと思ったことはない。だが今日これから向かうライオン狩りとは、一体どんなものなのか…。分からないことが多すぎて、不安なのだろう。
(何も起きなければいいが…)
騒ぎが起きることを楽しむ性格を持ったオタジがこんな風に思うのは、人生初のことかもしれない。
テセス川に沿ってその下流方向へ、リックイ率いる一団は進んでいく。
リックイの隣には、常にヒノトがいた。各国の代表もいるというのに、リックイは常にヒノトに話の相手をさせている。リックイと話をしようと意気込んできたらしい代表達は、拍子抜けした様子で、口数少なく進んでいく。
進むに連れて、河のすぐ傍にまで迫っていた巨大な砂の山が、だんだんとなだらかになっていく。そして遂に、砂漠は平地になった。
ふいにリックイが、前方を指し示した。
「見えたぞ。あれが、ライオンの住む草原だ」
リックイの示す方向には確かに、砂漠の無機質な茶色とは違う、緑の大地が広がっていた。
リーベルクーンを出発してから、有に二時間は経っているだろう。砂漠の太陽に焼かれ続けた身体には汗が張り付き、既に身体は疲れ切って、けだるさがヒノトを襲っていた。鮮やかな緑の草原は、そんなヒノトに、瑞々しい生気を吹き込んでくれるようだった。
ライオンのいる草原に行くには、テセス川を横切らなければならなかった。だがリックイ達は、さすがに地形には詳しく、川を渡るための安全なポイントもよく知っていた。
リックイに先導されて行った場所では、テセス川の水位は浅くなり、馬に乗っているヒノト達はもちろん、歩いてでも簡単にテセス川を渡ることが出来た。
この熱い砂漠の世界で、嘘のように川の水は冷たい。その冷たさがまた、疲れ切った一行の心を清々しく癒した。
一行の立てる水音に驚いたのか、川にいた水鳥達が一斉に飛び立った。群れを為して、色とりどりの水鳥が飛び立っていく光景は、実に壮大で美しかった。