第一章:撃退
ディティの街を出る頃には、既に日が暮れかけていた。ファド村へと続く街道を進むダカンとユノアを、夜の帳が覆っていた。
「すっかり遅くなってしまったな。カヤが心配しているだろう。ユノア。急ぐぞ」
「うん」
暗闇の中、先を急いでいたダカンとユノアの前に、黒服の五人の男達が立ちはだかった。それはあまりに突然のことだった。
悲鳴さえあげる間もなく、ユノアは口を塞がれて、男の一人に身体を抱えられていた。
「ユノア!」
何が起きたのか分からぬまま、ユノアを助けようとしたダカンの行く手を、男が塞ぐ。男は腰に帯びていた刀を抜くと、何のためらいもなくダカンの頭の上へと振り下ろした。
ひゅんっと空気を切り裂く音が響いた。寸での所で、ダカンは刀を避けていた。だが、逃れたはいいものの、勢い余って尻餅をついてしまったダカンは、次の攻撃に身構えることが出来なかった。
間髪居れず降りかかってきた刀から、必死に転がって逃れたものの、今度は右腕を切られてしまった。
ユノアは男に抱えられたまま、腕を切られてうずくまるダカンに、とどめの一撃が加えられようとしているのを見ていた。
(お父さん!)
身体中の血が一気に沸きあがった。頭の中は真っ白だった。
まるでユノアではない何者かが、身体を動かしているようだった。ユノアは自分を抱えている男の胸を、肘で強くついた。ユノアが反撃するとは思ってもいなかったのだろう。呻き声をあげて、男の手が緩んだ。
宙へと解き放たれたユノアは、そのまま回転しつつ、足で男の顔を蹴り倒した。男の身体は吹っ飛んでいき、ユノアは完全に自由になった。
地上に降りたユノアは、地面を強く一回蹴っただけで、ダカンを殺そうとしている男の背後へと飛んだ。そのままの勢いで、男の後頭部を蹴り飛ばした。
男は五メートル以上飛ばされて、顔から地面に落ちると、そのまま動かなくなってしまった。
ユノアに、ダカンを気遣う余裕はなかった。ユノアの突然の行動に驚いて動きを止めていた他の男達が、一斉にユノアに飛び掛ってきたからだ。抜刀する者。飛び道具を投げてくるもの。そのどの動きも、俊敏で、鍛え抜かれたものだった。
だがユノアには、どれもがまるでスローモーションのように見えていた。男達の動きをじっくり観察し、その数倍の速さで動き始めた。
ユノアが男達を倒していくその様子を、ダカンは全て見ていた。あっという間の出来事だった。ダカンの目では、ユノアの動き全てを捉えることは出来なかった。
ようやく動きを止めたユノアは、鬼のような形相で男達を睨みつけている。
「ユノア…?」
ダカンがそっと呼びかけると、ユノアははっとしてダカンの方を向いた。普段のユノアの顔に戻って、ダカンの元へと駆け寄ってきた。
「お父さん…。大丈夫?」
いつもとあまりに変わりのないその態度に、ダカンは戸惑った。
「あ、ああ。大丈夫だよ…」
ダカンの戸惑いを感じ、その視線が見ている先を追って、ユノアは後ろを振り向いた。その目に、自分が倒した男達の惨めな姿が飛び込んでくる。
「これ…。もしかして、私がやったの?」
ダカンは黙ってユノアを見つめた。無意識のうちに、人間を超越した動きで男達を倒したというのか。これ程までに、ユノアの秘められた能力は凄まじいのか。
ダカンの表情から、ユノアは自分がした行動を理解した。だがその時の記憶は、霞の中にあるようで、ユノアは頭を抱えた。
ダカンは慌ててユノアを抱き締めた。
「ユノア。いいんだ。何も考えなくていい。お前は俺を救ってくれたんだ。何も悪いことはしてないから」
ユノアの身体は、小刻みに振るえている。
男達は死んでいるわけではなく、気を失っているだけのように見えた。男達の正体が知りたかったが、いつ目を覚ますとも分からない。
ユノアもこんな状態だ。ダカンは一刻も早く家に戻るべきだと思った。
「ユノア。家に帰ろう。歩けるか?」
「うん…」
おぼつかない足取りで、ユノアは立ち上がった。ダカンも腕の痛みに意識が遠のきそうになるのを感じながら、必死に足を前に動かした。