第一章:ダカンの夢
市場で、なじみの店に野菜を届けたダカンは、その買取値の安さに驚いていた。
「おいおい。何だよ、この値段は。前はもっと高値で買ってくれたじゃないか」
店の主人は申し訳なさそうに手を合わせた。
「すまんな。また税金があがったんだよ。あがった分の税を、こちらでもかなり負担してるんだ。これで精一杯なんだよ」
昔からの付き合いで、その人柄も信頼できる主人の言うことだ。嘘はないのだろう。ダカンは納得するしかなかった。
「それにしても…。ほんの半年前に税が上がったばかりじゃないか。そんなに役所には金がないのか?」
主人は顔をしかめて、声を小さくした。
「大きな声じゃあ言えないが、市長のハドクの懐に金が回っているらしい。ハドクが市長でいる限り、ディティの将来は陰る一方だよ。実際、あまりの税の高さに呆れて、ディティから離れる商人も出てきてるんだ。そのことに、あの馬鹿市長は気付いてないんだよ」
「とんでもないことだな。ハドクを市長から引きずり降ろすことはできないのか?」
「王に訴えればいいのかもしれないが…。今、王家も揉めているだろう。何しろ、先代王が死んでから、新しい王が着任されるまで二年の空白があったんだ。マティピでは、現王と、もう一人の候補者だった王の叔父を支持する勢力の間で、ずっと内戦をしていたっていう話だ。中央が混乱しているから、ハドクみたいな腐った野郎がのさばるんだよ」
「今の王様が…、ええと、名前がなんだったかな」
主人は呆れた顔をした。
「ヒノト王だよ。お前、王様の名前くらい覚えてろ」
「ははは。田舎にいると、どうも世情に疎くなってな。その、ヒノト王はどんな王様なんだ。ハドクみたいな役人をきちんと取り締まってくれるような、優秀な王様なのか?」
「それはまだ分からないな。今、ようやく大臣や将軍が決まって、これから本格的にヒノト王の政治が始まるんだ。ヒノト王の器が、これから試されるってわけだな」
「ふーん…」
ダカンと店の主人の会話を黙って聞いていたユノアだったが、さすがに我慢しきれなくなったらしく、ダカンの服を引っ張った。
「ねえ、お父さん。まだ?」
ユノアは早く街の中心に行きたくてうずうずしているのだ。
「ああ、ごめんよ。ユノア。もう行こうな」
ユノアは嬉しそうに飛び跳ねると、ダカンを置いて先に走り出してしまった。
「あ、こら!ユノア。待ちなさい。一人で行っちゃ駄目だ」
慌てて後を追おうとするダカンに、主人が声をかけた。
「可愛い子だな。ダカン。今度ちゃんと紹介してくれよ」
ダカンははっとして立ち止まった。
「…可愛い?」
立ち尽くすダカンに、主人が不思議そうな顔を向けた。
「ダカン。どうした?」
「い、いや。何でもありません。じゃあ、ご主人。今日はこれで」
「ああ、気をつけてな」
ユノアを追いながら、ダカンはふと泣きそうになった。他人にユノアのことを、こんなにさりげなく褒められたのは初めてかもしれない。ダカンはとても嬉しかった。
ファド村では、どうしてあんなにユノアを異質に扱うのだろう。ディティの街では、どうしてユノアを異質に扱わないのだろう。何故こんな違いが出るのか。
ファド村での、外界から隔離された静かな生活が、ダカンは好きだった。だがその生活は、ユノアにはやはり狭すぎるのかもしれない。外へ出れば、一気にユノアは解き放たれて、皆にその魅力を認めてもらえるのかもしれない。
(もし、ファド村を捨てて、ユノアと一緒に放浪の生活を始めたら…)
そんな生活もいいかもしれない、とダカンは思った。広い世界に羽ばたくユノアの姿を、そっと後ろから見守る。それもきっと、とても楽しい人生だろう。