第一章:最悪な市長
ディティの街の外れに、古びた建物がある。長い年月、ろくに手入れをされていないようだ。
周囲に人影はなく、ディティの中心部の賑わいとはうって変わって静寂に包まれている。まるで、忘れられてしまったかのようだ。
だがこの建物の中に、ある重要人物がいた。それは、ディティ市長、ハドクだった。
部屋の中には、ハドク以外に、ハドクの秘書ケベ、そして、厭らしい笑みを顔に貼り付けている五十代くらいの男がいた。
肉でたるんだ顔に脂汗を光らせて、ハドクは不機嫌そうに眉をしかめた。
「おい。今日の物はこれだけか?もっといい女はおらんのか」
男は、ハドクのご機嫌を取るように手を摺り合わせながら答えた。
「いえいえ。ハドク様。最後に極上の女を用意しておりますので。きっとご満足いただけるかと」
「ふん。これでわしを満足させることが出来なければ、お前との縁はこれまでだからな」
「は、はい。ハドク様。承知しております」
男はおどおどしながら部屋を出ると、一人の女を連れて戻ってきた。歳は十代後半くらいだろうか。女は薄い下着一枚を羽織っただけの格好だ。女は感情が死んだような、暗い表情をしている。
男は女に言った。
「何をしている。服を脱いで、ハド様に身体をお見せせよ」
命じられるまま、女は服を脱いだ。女の裸体に、ハドクが舐めるような視線を這わせる。女の顔から身体の隅々まで、その視線に女への配慮などなかった。
だがすぐにハドクは溜息をつきながら、椅子の背もたれに寄りかかった。
「駄目だ」
ハドクから発せられた言葉に、男は耳を疑った。
「はっ…?」
「こんな程度の女なら、これまで幾らでもいたわ。俺は言った筈だぞ。最上級の女を用意してこいと。そのためなら、金は惜しまんと。それに対するお前の答えがこれか?」
呆然とする男を置いて、ハドクは部屋から出て行った。それに続こうとしたケベに、男が負いすがる。
「お、お待ちください。これまで何人もの女を用意してきた功績に免じて、どうか、もう一度チャンスを…!」
だがケベは容赦なく男の手を振り払った。
「お前は、ハドク様の期待を裏切ったのだ。…もう二度と、ディティに出入り出来ると思うな」
閉じた扉の向こうから、男の雄叫びと、人を殴る音がした。男が八つ当たりに、女を殴ったのかもしれない。それでもハドクは平然として、建物の外へと歩いていく。
この男は、人売りだった。貧しさのため身を売る人間を金で買い、それを何倍もの高値で金持ちに売るのだ。
中でも、ハドクは最高の顧客だった。女狂いとして知られ、女のためなら金は惜しまなかった。これまで十数人の女をハドクに売っていた。
そのハドクから縁を切られ、男は絶好の金儲けの手段を失ってしまった。
建物の外に出たハドクは、むっつりした顔で、待っていた籠に乗り込んだ。ゆっくりと籠は進み、その隣をケベが歩いた。
ケベはハドクに問いかけた。
「最後の女、私はなかなかに上物だと思って見ておりましたが、お気に召しませんでしたか?」
ハドクはふんと鼻を鳴らした。
「あの程度の女、もう見飽きたわ。あれぐらいなら、わしの家に山程おる」
「…では、異国の女など捜してみましょうか。髪、目、肌の色が違う女など」
「…ふむ。それは面白そうだな。よし。お前に任せる」
「はい。承知いたしました」
ハドクは不気味な笑みを浮かべた。女の裸でも想像しているのだろうか。
この辺り一帯の富は、全てディティに集まってくる。だが、ジュセノス王国の首都であるマティピからは遠く離れているため、中央王政の監視の目から逃れやすかった。ハドクは不当に税を取り立て、まるで王のように豪勢な生活を送っているのだ。
ハドクが豪遊するためのツケは、当然民に回ってくる。