第三章:ゴザへ向かえ
その日、キベイを始めとする三鬼将軍が、王の御前に招集された。
三将軍を待ち受けていたのは、ヒノト、そして、レダを筆頭とした大臣達だった。
御前に立った将軍達に、さっそくヒノトは話題を切り出した。
「三将軍。忙しいところ、呼び出してすまない。お前達に頼みたいことがあるんだ。実は、誰か一人に、一軍を率いてゴザに行ってもらいたいんだ」
ゴザと聞いて、三将軍は表情を引き締めた。ゴザといえば、頭に浮かぶのはグアヌイ王国のことだ。
キベイが険しい顔で尋ねた。
「グアヌイ王国に、何か動きがあったのでしょうか」
「いや、まだはっきりと動きがあったわけではないんだ。ここ最近、グアヌイ王国との外交は、表面上落ち着いている。だが、気になるんだ。あのリュガ王が、このまま大人しくしているとはとても思えない。事が起こる前に、将軍の一人がゴザに行ってくれれば、私は安心できる」
ヒノトの言葉を、レダが引き継ぐ。
「王の不安は、何の根拠もないものだとは、私も思いません。リュガ王は、我がジュセノス王国を己の領土とする野望を、決して諦めてはいない筈。短気なリュガ王の性格からしても、もう次の動きを始めてもおかしくない時期に来ているのではないかと、私も危惧しております」
レダの言葉に、大臣達がざわめいた。
ヒノトは三将軍に尋ねた。
「このところ、軍のことはお前達に任せきりにしていたが…。兵士の訓練の調整はどうだ?グアヌイ王国と戦って、勝利できるほどになったか?」
その問いに答えたのはキベイだった。
「兵士の訓練は順調です。確実に、個人の能力は高まってきています。兵士達の、王への忠誠心も厚く、グアヌイ王国と戦っても、勝利を得る実力は充分に備わっていると確信しております」
力強いキベイの言葉に、大臣達から歓声があがる。
ヒノトも満足そうに微笑んだ。
「それを聞いて安心したぞ、キベイ。では、私の先程の願いを聞いてくれるな。誰がゴザに行ってくれる?」
キベイは、オタジとガイリの顔を見た。
「…ガイリ。お前が行ってみるか?」
一瞬、ガイリの顔は曇った。ガイリにとっては、一から自分の力で育てあげてきた、初めての軍だ。自軍に対する思い入れは強いが、不安要素もまた多かった。
だがこれは、キベイの親心なのかもしれない。グアヌイ王国との本格的な戦が始まる前に、ガイリに軍の能力を試す機会を与えてくれているのだ。
ガイリははっきりと頷いた。
「はい。行かせてください、キベイ将軍」
キベイも頷き、ヒノトに向き直った。
「王よ。今聞かれた通りです。ガイリとその軍隊を、ゴザに向かわせたく思います」
「…分かった。ガイリ。ゴザでの全指揮権をお前に委ねる。しっかり頼むぞ」
ガイリは一礼した。
「はっ!しかと承りました。ヒノト王」
御前から退出した三人だったが、キベイとオタジがガイリを呼び止めた。
「おい、ガイリ。お前、ユノアを連れていくつもりか?」
オタジの問いに、ガイリは眉をしかめた。
「どうして、そんなことを聞くのですか?」
キベイとオタジは、困ったように顔を見合わせた。
「いや、その…。お前も知っているだろうが、ユノアは昔、王が大切にしていた女性だ。そのユノアを、まだ戦場ではないとはいえ、危険のあるゴザに連れていって、王がどう思われるか…」
「…ユノアを兵士にすると決断したのは、キベイ将軍でしょう?」
キベイはさすがに困り顔になった。
「…王とユノアの問題は別にして、ユノアはそれ以外でも、問題が多いのです。まずは本人に意思を確かめます。その上で、連れていってもいいと私が判断すれば、連れていくことになります。そのときは、何も口出しせず、任せてもらいたい」
はっきりとしたガイリの答えに、キベイは頷いた。
「分かった。お前を信じよう。立派にゴザの治安を守ってこい」
「はい」
ガイリが立ち去る背中を見送りながら、キベイとオタジはやはり不安そうに、顔を見合わせた。
訓練を行っていた兵士達は、ガイリの「集合」の掛け声を聞いて、急いで整列した。
何事かと見守る兵士達の視線を浴びながら、ガイリはよく響く声で宣言した。
「たった今、我が軍は、ヒノト王よりの命令を承った。明日の朝、ゴザへ向けて出発する。グアヌイ王国と隣接するゴザの街の治安を安定させ、グアヌイ王国を牽制するのが主な目的だ。皆そのつもりで、用意にかかれ」
突然の命令に、兵士達はざわめいている。
ユノアと、その隣にいたラピも、当然困惑していた。
ゴザと聞いて、ユノアは心が冷える思いがした。ゴザといえば、ヒノトが瀕死の重傷を負った街だからだ。
青ざめているユノアに、ラピが話しかけてきた。
「な、なあ…。俺達も、行くんだよな?なんか、あまりにも突然のことで、実感が湧かないな…。まあ、戦に行くわけじゃあ、ないけどさ…」
沈黙していたユノアは、ガイリが近付いてきたことに気付いて顔を上げた。
ガイリはユノアの前に立つと、じろりと睨みつけてきた。
何事だと、ラピは顔を強張らせている。
「ユノア。俺はまだ、お前をゴザに連れていくかどうか迷っている。お前は、俺にとって、一番の不安要素だ。お前がいることで、軍の結束が乱れるかもしれない。だが、お前の戦闘能力は高く評価しているんだ。…俺は、お前が兵士として使い物になるかどうか、今回のゴザへの出征で見極めたいと思っている」
ユノアは決して怖気づくことなく、ガイリの視線を受け止めている。
「どうする。ゴザへ行くか、行かないか…。お前が決めるんだ。言っておくが、これは最初で最後のチャンスと思え。もしお前が何かミスを犯せば、俺は永久に、お前を軍から追放する」
ユノアは、きゅっと唇を噛み締めた。ラピは、そんなユノアをじっと見守っている。
「行きます。もちろん…。私は、ジュセノス王国の兵士ですから」
「…分かった。…ゴザの街の治安を守るために行くと言ったが、グアヌイ軍といつ戦闘になるかもしれないことを、覚悟しておくんだぞ」
鋭い視線を残して、ガイリが去っていく。
残されたユノアは、ふうっと息を吐き出して、乱れた心を落ち着けていた。
ラピの顔を見上げたときには、ユノアの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「さあ、ラピ!急いで準備をしなきゃ。私は王宮に戻るわ」
「あ、ああ…」
「じゃあ、また明日ね。頑張ろうね!」
ユノアは軽やかな足取りで走り去っていく。
ラピはユノアを呼び止めようとしたが、すぐに伸ばしかけた手を引っ込めた。ユノアに尋ねたいことは、山ほどある。何故ガイリ将軍は、ユノアにあんなにも厳しい態度を取るのか。そして、あんなことを言われても尚、ユノアが兵士を続けるのは何故なのか。
(俺は、ユノアのことを何も知らない…)
だが今は、明日からの出征に向けて集中しよう。そう気持ちを切り替えていた。