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星姫の詩  作者: tomoko!
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第一章:星姫降臨

 深い森の中に、小さな社がある。この社に祭られているのは、サリノという女性だ。元はごくありふれた墓だったものが、人々の信仰を集めるうちに、周りの草は綺麗に刈り取られ、屋根がつけられ、花を供えられて、神と崇められるようになっていた。

 今夜は新月で、月の光さえない暗い森の中を、一組の男女が身を寄せ合い、社へと向かっていた。

 社へは、信者によって踏み鳴らされた道が出来ているとはいえ、所々つきだした木の根などが、わらじを履いただけの二人の足に引っ掻き傷を残している。

 社の前に立った二人は、感慨深げに見つめあうと、ゆっくりと膝をついた。手を合わせ、眼を閉じ、熱心に何かを祈っている。

 静かな時が流れた。

 そして二人は、ほぼ同時に目を開けた。


 女が口を開いた。

「今日で、ちょうど一年ね…。ねえ、ダカン。サリノは、私たちの願いを叶えてくれるかしら?」

 ダカンと呼ばれた男は、優しさを湛えた目で女を見つめた。

「カヤ。これまでも、サリノに祈りを捧げた夫婦が子供を授かったという話は、たくさんあるんだ。きっと俺たちも、子供を授かるよ」

「ええ、そうね…。きっと…」


 実は、サリノとは、子宝の神として祭られている女性なのだ。元は人間とはいえ、その霊験は確かなもので、ダカンのいうように、子供に恵まれない数多の夫婦が、サリノに祈ることで子供を得ていた。

 ダカンとカヤも、夫婦仲は円満そのものなのだが、ただ一つ、子供がないことが悩みの種だった。悩んだあげく、二人が耳にしたのがサリノの評判だった。

 二人の住むファド村から、サリノの社までは、往復2時間かかる。それを二人は毎日、一日も欠かすことなく、仕事が終えた後で、一年間通い続けたのだ。凍てつく吹雪の夜も、カヤが風邪をこじらせた夜も、二人はお互いを励まし合いながら通った。ただ、子供を授かりたい。その願いを叶えるために。

 確かに、辛い一年だった。だが辛かったからこそ、二人の胸の中は満足感で溢れていた。

 もう一度見つめあい、微笑みあって、二人は手をつなぐと、家路に着いた。




 暗い森を抜けた二人は、目の前に広がった景色に、思わず立ち止まった。

「まあ、なんて綺麗な星空!」

 雲一つない夜空に、大粒の星々が瞬いている。それは、二人が今まで生きてきた中でも見たことのない、壮大な景色だった。

 とても言葉では言い表せない。星の一つ一つが意志を持って自己主張しているかのような、強い輝きだった。


 二人が見惚れていると、突如、空の中心に、大きな光が現れた。その光は、どんどん地上へと近付いてくる。遂には真昼の太陽よりも大きくなって、そのあまりの眩しさに、二人は目を覆い、ダカンはカヤを庇いながら地面に倒れこんだ。

 その光は、音もなく地上へと落ちた。再び、夜の静寂が辺りを支配する。

 ダカンはおそるおそる顔をあげた。何事もなかったかのような辺りの様子に、狐につままれた気分で、目をぱちくりとさせた。

「あなた…?」

 ダカンの腕の中にいるカヤも目を開けた。だが、まだ恐ろしそうに身体を震わせている。

「一体、何が起こったの?」

「…分からない」

 ダカンはカヤを腕に抱いたまま、立ち上がり、辺りを見渡した。


 そのとき、カヤが何かに気付いた。

「ダカン!聞いて!」

 カヤの見つめる方向へ、ダカンも耳を済ませた。微かに聞こえる音。それは…。

「赤ん坊の、泣き声…?」

 二人は驚きの表情でお互いを見つめた。

 先に動いたのは、カヤだった。ダカンの腕の中から抜け出し、声のする方へまっすぐに走っていく。

「カヤ!」

 ダカンもすぐに後を追った。そして、草むらの中にしゃがんでいるカヤを後ろから覗き込んだ。

 ダカンは息をのんだ。カヤの腕の中にいたのは、まぎれもなく、今産まれたばかりのような、裸の小さな赤ん坊だったからだ。赤ん坊は、小さな身体全体を震わせて、泣き続けている。

 カヤが顔をあげた。その目には、涙が浮かんでいた。

 ダカンは力なく、カヤの隣に膝をついた。

「…まさか、この子が、サリノのから与えられた子供だというのか?」

 困惑の思いだった。ダカンにとって我が子とは、カヤの腹の中に授かり、十月十日経って産まれてくるものだとばかり思っていたからだ。

 呆然とするダカンに、カヤは語りかけた。

「この子が、私達が一年かけて授かった子なのか、それは分からない。だけど…。今ここに、私の腕の中に、この子はいるのよ。こんなに小さな身体で…。私達が離してしまったら、この子は死んでしまうわ」

 これが、母性というものなのだろうか。カヤにとって赤ん坊はすでに、見捨てることの出来ない存在になってしまっているのだと、ダカンは気付いた。

「…とにかく、家に帰ろう。このままじゃあ、赤ん坊が風邪を引いてしまう」

「ええ、そうね」

 カヤは愛しそうに赤ん坊を自分の服の中にしまいこんだ。

 木造茅葺きで、築五十年以上経ち、隙間風が吹き込む我が家だが、このまま外にいるよりはよほど寒さをしのげる。カヤは家への道を急いだ。

 そんなカヤを見ながら、ダカンは恐ろしさを感じていた。空から、光とともに落ちてきたこの赤ん坊が、人間だとはとても思えなかったからだ。


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