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***ワンにゃんランド編集部と私***

 麻里ちゃんと新宿駅で別れたあと、僕は急に喪失感の襲われて無気力になり、ボーっとしたまま街を歩いていた。


 喪失感なんて縁起の悪い言葉だけど、最近の僕は彼女と別れた後は必ずこういう気持ちに襲われてしまう。


 どうしたんだろう?

 男女関係については、結構ドライであまり興味が無いはずだったのに。


 僕は次にブライダル関係の雑誌の写真撮りの仕事が入っていたので、一応そのスタジオには向かっているが、まるで彷徨っているように夜の街を歩いている。

 

 僕の脳裏には、あの時彼女の頭を撫でなかったことへの後悔が、優しい彼女の笑顔と共に浮かんできた。


 明らかに麻里ちゃんは僕に頭を撫でられたがっていたように見えた。

 でも何故?


 なぜ僕は、その事を知っていながら、麻里ちゃんの頭を撫でることをためらったのだろう?


 2つの矛盾が僕の中で渦を巻く。


 このままでは仕事にならない!

 僕は一旦この思いを封じ込めるために、通りの角にあった立ち食いの焼き鳥屋で皮とモモを2本ずつとビールの大を一つ頼んで一気に腹の中に入れて次の仕事場に向かった。


 ブライダル雑誌の写真は煌びやかに彩られたスタジオに華やかなウェディングドレスを着たモデルたちが何着も衣装を替えながら数百枚も写真を撮った。ファインダーを覗くたびにあの時の僕に委ねる様な麻里ちゃんの表情がチラついて華やかな衣装をまとったモデル達をまるで流れ作業のように写真を撮っている自分に気がつく。


 モデルの娘たちは確かに顔もスタイルも一般人に比べて秀でているが、どこか味気ない。

 まるで最初から古紙回収に出されてしまう雑誌のために、カメラの前に立っているような薄っぺらさを感じる。


 もしもここに麻里ちゃんがいたら、もっと純粋に愛情を訴えるような笑顔……表現は変だけど愛犬が飼い主に対するような無条件の純真な“好き”という気持ちをカメラにぶつけてくることだろう。


 僕は最近色々な仕事でファインダーを覗くたびにそこに松岡麻里を探してしまう。植物や風景のときはそこに彼女の姿を添えて。動物の時は彼女がそこに居て動物たちと仲良く触れ合う姿を想像して……特に犬のときは不思議に彼女と犬が重なって見えてしまい、今夜の様に人物の場合は必ず比べてしまう。


 最近『専門は?』と聞かれると、誰彼と無く自分の専門は動植物だと答えるようになった。

 もともとは仕事なら何でも引き受ける“何でも屋”のカメラマンだったのに今では動植物や風景を扱う出版社への売り込みが主体で、着々にその方面の仕事も拾えるようになり逆にファッション系の仕事は少なくなった。


 麻里ちゃんと出会ってから、目の前のモデルを彼女以上に美しく撮影する自信が持てなくなったのがその理由。


 ブライダル雑誌の撮影が終わったあと無性に酔いたくなり居酒屋を三軒まわった。

 その帰り道、深夜営業の薬局で口臭用の飲み薬を購入する。

 二日続けて酒を呑んでいるなんて麻里ちゃんには知られたくはないから。


 寝る前に牛乳を飲んで、それから買って来た薬を飲み、歯磨きをして寝た。


 そして次の日の朝にも、カップラーメンを食べたあとで牛乳を飲んだあと薬を飲んで歯磨きをした。

 牛乳を飲んだのは、友人の誰かから胃の臭いを抑える効果があると聞いたからだけど、信ぴょう性は定かではない。



 寝る前と朝起きてから薬を飲んだから、これで完璧だ。


 鏡を見てニコッと笑ってみる。


 今日も大きなトウモロコシみたいな歯は健在だ!



 ◆◇◆◇◆◇



「おはようございます!」


 ワンにゃんランド編集部の扉を開け元気よく南さんが入って来た。直ぐに大井編集長が近付いてきてクンクンと執拗に臭いを嗅ぎ。


「今日は大丈夫なようね!」


 とOKを出して、編集長は机に腰を乗せて、そのまま南さんに話しかけていた。


「昨日現場からSNSで送ってもらったサムネイルで必要なものはメールで知らせたんだから、南君もそのデーターをメールで送り返してくれるだけでいいのよ」


 編集長は右手に持ったペンを器用にクルクルと回し、歩きながら話す。


「契約カメラマンですから、主たる契約者様にはコレくらいの誠意を見せとかないと」


 南さんが頭を掻きながら大きな歯を見せて笑ってみせる。


「あら、うちは別に専属でも良いって言わなかったかしら?」


『えっ!?』


 編集長の言葉に驚いて二人のほうを見る。


「ハッハッハ!そうでしたっけ!?」


 そう笑って必死で誤魔化しながら南さんが横歩きで私のほうに近付いて来る。


『ちゃんと前を向いて歩かないと、里美さんが仕舞い忘れた椅子にぶつかる!』


 そう思ったときには既に遅くて、南さんは里美さんの椅子に躓いてバランスを崩して私の机に突っ込んできた。机に向かう私の目の前に手を着いた南さんが私の顔を見上げて、その特徴的な白いアメリカンジャイアントコーンの歯を見せびらかす。


 私は急に胸が詰って彼がこの部屋に入って来た時から心の中にしまっていた事を口に出してしまう。


「み・南さん。お酒臭~い」

「えっ!?」


 南さんが驚いた顔をして私を見た。

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