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***ドックランと公園と私***

 会場に着くと沢山の飼い主さんと犬たちのペアが集まっていて、丁度まだ始まる前のフリータイムだったので自由に遊んでいるワンちゃんたちの何匹かが私を見つけ駆け寄って来た。


 犬たちはみんな知っている。

 私が自分たちに近い存在である事を。


 隣にいた南さんがカメラから顔を外して「知り合い?」と不思議そうに聞く。


 私は笑顔を向けて、堂々と「仲間です」と答える。


 犬たちが足元に集まったので腰を落として遊んでいると、南さんがカメラを向け「麻里ちゃんは犬が大好きだから、それが伝わるんだろうな」と嬉しそうに言いながらシャッターを押していた。




 実を言うと、私は幼いとき犬が大嫌いだった。


 犬達はいつも私を見つけると襲いかかってきた。

 どんなに逃げても彼らは直ぐに追いついて飛びかかろうとする。

 逃げる途中で、転んでしまうと覆いかぶさってくる。


 犬は私のことが大嫌いだから襲ってくるとずっと思っていた。


 しかし小学校四年生のある日、それが間違いである事に気がついた。


 その日は、友達から秘策を授かっていた。


 “犬には狩猟本能が残っているから、逃げる物を追う。だから逃げないで立ち向かえ”と。


 正直、逃げないで立ち向かうなんて私には出来っこない!

 

 けれども、その日は運が悪いことに田んぼの中の1本道。

 これだと逃げても直ぐに追いつかれるだけ。

 どこにも逃げる場所なんてないし、助けてくれる人も居ない。

 

 襲ってくる犬に対して勇気を出して立ったまま睨む。


 これがいわゆる“仁王立ち!”

 でも腰が引けていたから“へっぽこ仁王立ち”か“仁王立ちもどき”で、誰が見ても明らかに弱そうで、 こんなのでは効果なんて全然期待できそうにもない。


 ところが、犬は私の傍まで近付いて止まった。


 “おお‼ これこそ人間の威厳が為せる業か!”

 

 一瞬、そう思ったが、犬は特にビビった訳ではなさそうで、私の顔を見上げて嬉しそうに尻尾をパタパタと揺らしていた。


 “えっ!?これって……?”


 これは襲ってきたんじゃなくて、遊んで欲しいと甘えに来ているのだと小学生の私にだって直ぐに分かった。

 それからは、友達がビックリするほど犬たちと仲良しになれるようになった。




 膝の上に前足を乗せていた犬が私の顔を舐めようと首を伸ばしてくる。


 すっぴんなら好きに舐めさせてあげるのだけど、今日は午前中に打ち合わせもあったのでチャンとお化粧をしているから舐められないように立ち上がる。


 決して化粧が落ちることが嫌なのではなくて、化粧品の付いた顔を舐めることが犬の健康上良くないから「ごめんね」と言ってその子の頭を軽く撫でて断った。


 暫くしてNPO動物愛護会のリーダーが集合を掛けると大型犬と小型犬の二つのグループに分けられ躾け指導が始まり、私たちも飼い主さんやワンちゃん達に負けないように気を引き締めて取材に移る。

 南さんは取材になっても、なぜか私をカメラに収めようと色々な場所から写真を撮ってくれていた。


 約二時間のイベントも無事に終わり、帰宅するグループと残ってドッグランを楽しむグループに分かれ、機材の片付けをしている南さんに「お疲れ様でした」と笑顔を向けたとき、予備の小型カメラで写真を撮られた。


「南さん! ワンちゃんたちの取材ですよ!」


 私が少し膨れた素振りを見せると『カシャ、カシャ、カシャ』と今度は連写されカメラがドンドン近付いて来る。両手を腰にあてて怒った顔で睨むと、南さんはファインダーを覗いていた顔を持ち上げ「これもいける!」と一歩後ろに下がり更にシャッターを押す。


「もー。わたし高いですよ。モデル料!」


「あー……ごめん、ごめん。あんまり可愛いものだから」


 一応謝ってカメラを降ろしてくれたけど、可愛いなんて言われると正直くすぐったい。


「ごめん、ごめんだなんて二回続けて言うことって反省していない証拠ですよ! わたしなんか撮らないでチャンと可愛いワンちゃんたちを撮って上げて下さいな!」


 照れ隠しに、つっけんどんな言葉を投げると、南さんがいきなり詰め寄ってきて“壁ドン”ならぬ“フェンスドン”


 私の身長は170㎝近くあって女性としては背の高いほうだけど、南さんのほうが遥に長身で学生時代ラガーマンだった肩幅の広い大きな体にスッポリと囲まれてしまう。(ちなみに私は、高身長を活かすことなく学生時代は美術部だった)


 小さくなって上を見上げると、南さんはいつもとは違うクールな声で「確かに僕は一介の契約カメラマンだけど、写真家だからこそ、より魅力的な被写体に憧れる。それが今の麻里ちゃんだよ」


 歯の浮くような台詞に恐らく今の私の顔は真っ赤。

 冗談なのか本気なのか判断もつかないし、こんなときなんて応えれば良いのか分からないでいたとき鼻の奥がツンとして。


『ックシュン!』と、クシャミが出る。


「ごめん!カーディガン取ってくる!」


 慌ててベンチに置いていたカーディガンを取りに行った。



 ◇◆◇◆◇◆



 ファインダーの中に映る麻里ちゃんに夢中になりすぎて、心が止められなくなってしまい気付けばフェンス際に囲い込んでいた。自分の口から言葉が零れ落ちたけど、何を言ったかは僕自身が舞い上がってしまい覚えていない。


 そして、くしゃみをしてカーディガンを取りに行くその後ろ姿を目で追いながら、呆れるほど麻里ちゃんのことを好きになっている自分に気が着いた。


 取材が終わったあと、植物園まで続く公園を散歩しながら帰る。


「もう少し早ければ植物園に入れたんだけど、ここ最終入園時間が夕方の四時なんだよね」


 折角ここまで来て植物園に入れない時間になってしまった事を残念に思って言うと、麻里ちゃんは大きな瞳をキョトンとさせて、そんな事は思ってもいないと言う顔をして僕を見てニコッと微笑んでくれた。


 彼女は、大きな木を見上げたかと思うと地面に生えている雑草の小さな花に見とれたりして、やけに楽しそうに見える。その様子を見ながら何かに似ていると思ったが、何に似ているのか思い出せないでいた。


 小高い芝生の丘を通り過ぎようとしたとき、黄色いテニスボールが僕たちの横を勢いよく跳ねていった。

 隣にいた麻里ちゃんは僕がボールに気が付くよりも早く、ボールを見つけて全力で追いかけて拾うと、丘の上にいる子供たちの所まで上がって渡していた。


 ボールを追いかける麻里ちゃんが一瞬白い綺麗な犬に見え、僕は自分の目が変になったのかと疑ったが、確かにさっきから考えていた“麻里ちゃんに似ているもの”は、それなんだと思う。


 ボールを子供たちに渡し終えた麻里ちゃんに声を掛けると、また大きな瞳をくるりと向けて「こんなに気分の好い公園は久しぶりですわ。わたし好きになりました」と笑顔を向けて応えてくれた。


 年頃の、しかも密かに恋心を寄せる相手から、違う意味でも面と向かって“好き”と言う言葉が出た事に有頂天になり、直ぐそばにある縁結びのお寺として有名な深大寺に誘う。

 しかし、彼女からは「締め切りが近いから駄目」と断られ痛恨のノックオン! すっかりデート気分になっていた僕は、ここでへこんでしまう。


 そんな僕の気持ちを察したのか「南さんって、こういう好い場所詳しいんですね。また連れて行ってください」とまた真っ直ぐに僕を見上げて笑顔を向けて言ってくれる。


 ほんの少しだけ手を伸ばせば艶々と輝く長い髪や小さく形の良い頭や華奢な首筋に手が届くくらい近い距離。


 急に、さっきまで取材していた愛犬の躾教室で飼い主がやっていたように、彼女の頭を撫でてみたい衝動が襲い、不思議に彼女自身もそれを望んでいるのではないかと考えて思わず手が伸びる。


 しかし次の瞬間“まさか……”という考えが頭を過ぎり、伸ばした手を自分の頭に上げ自分の髪を掻いていた。



 彼女は僕のその一連の動作をまるで全て許すような優しい表情で見上げていてくれたけれど、僕が頭を掻いた途端、我に帰ったような表情をして「お手洗いに行ってきます」と駆けて行った。


 神代植物公園のバス停に着くと運よくタクシーがいたので、僕達はそれに乗って駅まで帰り京王調布駅から電車に乗り新宿で別れた。


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