***イベント会場と爽太さんと私②***
「夜店、見て回りません?」
不意にリリーが話を替えた。
握っていたプログラムから目を離すと、結構座っていた席がかなり空いていた。
「あれっ、次の演奏は?」
ステージも空だった。
「中休み、ですって」
そう言ってリリーが席を立ったので、俺も続いて腰を上げる。
音楽はよく分からないけれど、綺麗な夜空を見ながら音楽をバックに冷えたビールを飲むのも風流だなと、似合わない事を考えていた。
「お酒、召し上がっても構いませんよ。お好きでしょ」
「いや、俺だけ飲むわけには……」
ビールサーバーの置かれた店の前でリリーが言った。
「私も少しだけならお付き合いします」
「飲めるの?!」
リリーにお酒を与えたことはないし、与えるべきでもないと思っていたから驚いた。
「嫌だわ、昔のままのリリーなら当然飲めませんけれど、今の私は松岡麻里の中に居るので少しくらいは飲めますわ」
そう言われて納得した。
確かにリリーは飲めないけれど、松岡さんなら呑めて当たり前だ。
俺はカップに入ったビールを二つ注文した。
その時、リリーが何か言った気がしたけれど、俺の気持ちは既にリリーと一緒に飲めるビールの事で喜びでいっぱいになっていて、それどころではなかった。
店の人にお金を渡してビールの注がれたカップを二つ受け取り、その一つを渡そうと振り返ると、今まで隣に立っていたはずのリリーが居ない。
きょろきょろと見渡す俺の視線の奥で、暗い夜空にひとすじの流れ星が現れて直ぐに消えた。
“もしかして……”
俺は慌てて小走りに周囲を探した。
“突然おそってきた別れ”
リリーに言われて、その魂を居るべき世界に戻すことに協力すると言ったばかりなのに、いざ失うとなると堪らないくらい寂しさが込み上げてきた。
失いたくない。いや、失ってたまるものか!
後先のことなど、どうでもいい。
俺は、俺にはリリーが必要なのだ。
人で込み合う屋台が並ぶ通りを、駆け回る。“リリー、リリー” 「リリー!」
いつの間にか、その心の中の叫び声が、そのまま声に出た。
それからはセキを切ったようにリリーの名前を叫び、ビールの入ったカップを二つ手に持ったまま、いつのまにか会場の外まで飛び出してまで探しまわっていた。
一度失っているけれど、二度失うと言う事が、こんなにも悲しい事だとは思ってもいなかった。
なぜ協力するなんて言ってしまったのか?
俺は本当に馬鹿だ。
大馬鹿野郎だ!
デッキの上に、座り込み自分の頬を自分の拳で思いっきり殴る。
そんな無駄な事をしても何もならない事は分かっているのに……。
目の前には街灯りを寄せ付けない黒い一本の筋。
それは絶え間なく流れ続ける多摩川の夜の顔。
あの川の流れのように、俺たちの命も絶えず流れている。
俺たちはその流れの上を漂う木の葉の様なもの、細い上流の流れに浮かべた葉っぱは活き活きとして早い水の流れの上を遊ぶように進み、やがて広い川の流れにのみ込まれるように見えなくなる。
いま、俺はリリーを見失ったのだ。
いつの間にかデッキの上に涙が零れた。
ひとつ、ふたつ――こうして涙を流すなんて、いつ以来だろう……。




