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「リリーとマリの恋物語」  作者: 湖灯


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***イベント会場と爽太さんと私①***

 多摩川の河川敷を離れて丘を登り、再び戻ってきたショッピングモール。


 その日1階の広場では催し物が行われていて、入り口には『秋の夜会ライブ』と書かれたアーチが掛けられていた。

 そして向こうには特設のステージが作られていて、周囲を囲むように沢山の屋台が並び彩を添え、多くの人で賑わっていた。


 なんてことのないイベント。

 でも何故かリリーは興味を示したらしく、俺を振り返ると大きな目を真ん丸に輝かせながら言った。


「時間は大丈夫ですか?」と。


 その表情に、彼女がいったい松岡麻里さんなのか、それともリリーなのか訳が分からなくなって慌てた。


「少し、観て行きません?」

「あ、ああ」


「座りましょう」

「あ、ああ」


 リリーの言葉に “ああ” としか返せない自分に腹が立つ。リリーの魂を引き留める事も、逆に突き放すことも出来ない、ただの意気地なしがここに居る。


 だいたい何故リリーは人間なんかに生まれ変わって来てしまたんだ!

 そのままの姿で俺の前に現れてくれたなら、こんな問題は起こらなかったのに。

 と、問題の矛先を変えて怒ってみても仕方がない。

 やりきれない思いが、俺を憂鬱にさせる。


 平日なので満員とまでにはいかないけれど、多くの人が用意された椅子に座り演奏を聴いている。

 この日の夜会はクラシックなのだろうか、地元の公立高校生の吹奏楽部の演奏が終わったと思ったら、今度は私立高校の吹奏楽部の有志が木管五重奏を奏で始めた。


 いつの間にかリリーは、入り口に置いてあったパンフレッドを手に取っていて、俺の分を渡してくれた。


「この木管五重奏は、ヴィヴァルディの協奏曲第3番『秋』〜第1楽章なんですって。ねえ爽太さん知っていました?この曲?」

「いや、知らなかった」


 ここに来てリリーは、曲が始まる度にパンフレッドを広げては俺に曲を教えると、その答えの如何に拘わらずステージを見入って音楽を楽しんでいる。


 音楽には余り興味のない俺にとって、クラシックの生演奏を聴くなんて中学三年生以来。

 あれはたしか大晦日の日、母が地元の合唱サークルに入っている関係で、市民会館で行われたベートーベンの第九のコンサートに出演したのを家族で観に行った。

 あれ以来30年振りのコンサートだ。


 そう言えば、あの時リリーは何処に居たんだろう?


 いつも、家族の行くところは何処にでも連れて行ったのに、その時リリーと一緒に居たという記憶が何処にもない。


「次の曲は、ライヒャの木管五重奏曲 ホ短調 作品88-1 1楽章ですって。みんな高校生なのに本格的ね」

「そうだね……」


 音楽の事にまったく疎い俺は、ただニッコリして相槌を打つだけで精いっぱい。


 曲なんて殆ど耳に入って来なくて、中三の時のコンサートの事ばかり考えているうちに、ステージの演奏は終わっていた。


「お疲れ様。演奏終わりましたから、これで勘弁してあげますね」

「勘弁!?」

「そう。爽太さんが中学三年生の大晦日の日に、私を置いて皆でコンサートに行ってきたでしょ」


 ”ああ、あの時リリーだけ家に於いて来たんだ!”


 そう。

 演劇をはじめコンサートなどでも盲導犬でない以上、ペットを同伴して入る事は許されない。

 何故なら犬や猫はいつ吠えたり鳴いたりするか分からないし、ソワソワして周囲に迷惑を掛けないとも限らないから。


 でもそれは幼い子供と同じこと。

 幼い子供を規制している所は、あまり見たことがない。

 子供同様に、愚図り出した時に退席すれば良いだけのこと。


「あの時私は家でお留守番をしながら、待っていたの。さてここでクイズです」


「クイズ?」

「さて、私は家である事を待っていましたが、そのある事とは何でしょう?」


「俺たちが帰って来ること?」

「ブッブー、違います」


「じゃあお土産?」

「ブッブー、少し惜しいけれど違います」


「まいったなあ、後は思い浮かばない。いったい何?」

「答えは、私は帰って来た爽太さんから音楽会の話をしてもらうのを楽しみに待っていた。です」


「そんな事!? でも、音楽の事なんて俺は詳しくは無いよ」


「いいの、でも楽しかったでしょう?」


「どうだったかなあ……」

 俺は記憶の扉を探しながら答えた。


「それは私がいけなかった分も、爽太さんには楽しんで来てもらいたかったし、その土産話を聞くだけで私も楽しくなれると思っていたから……でも、帰って来た爽太さんは、どうだったかしら?」


「ごめん、思い出した。たしかあの日は、詰まらなくて家に帰るなり、直ぐにお風呂に入って寝てしまっんだ」


「そうよ。玄関を開けて帰って来た爽太さんは、膨れっ面していかにも詰まらなそうだったわ。それを見た私がそう感じたのだから、折角コンサートに連れて行ってくれたお父さんとお母さんはさぞやガッカリした事でしょうね」


「でも、あれは母ちゃんのオマケで行っただけで……」


「それまで音楽に携わっていなかったお母さんが何故急にコンサートに参加したと思う?」


「それは……単なる趣味とか、思いつきじゃないのか?」

「来年から親元を離れる息子がいる、最後の大晦日に?」


 “あっ!” 鈍かった。

 俺はいままで、そんな事には気にも留めていなかった。


「そう、エールよ。爽太さんのためにお母さんがワザワザ歌ってくれていたのよ」


 リリーは何もかも知っていた。

 人間よりも遥かに小さな脳だけど、俺よりも確かに物事をよく見ていた。

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