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「リリーとマリの恋物語」  作者: 湖灯


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***爽太さんと私③***

 十年前。


 私が中学一年生の時のクリスマス。


 東京ディズニーランドのクリスマスイベントを観に、富山から家族で来ていた。

 今迄見たこともないイルミネーションやアトラクション。そして最後に盛大に打ち上げられる冬の花火。


 初めて新幹線に乗り、初めて東京に行き、初めてのディズニーランド。




 けれども、何もかもが楽しかった訳ではない。




 両親も兄もホテルに戻りお風呂に入ったあと直ぐに寝てしまったが、私は隣で寝息を立てている二歳年上の兄を恨めしそうに見ながら眠れないでいた。


 兄は来年四月から東京の高校で野球をするために、家を出てその高校の寮に入ってしまう。夏過ぎから何校かの私立高校からスカウトが来ていて、その中から野球に詳しくない私でも知っている有名強豪高を兄は選んだ。


 兄が有名校の選手になることを妹として喜んであげるべきだが、何故か憂鬱だった。


 なんとなく過去に同じ経験をしたような気がして、無性に嫌な思いがした。


 過去に同じ経験だなんて当時まだ13歳の私は自分でも変に思ったし、記憶を辿ってもこの13年間に同じ様な経験などした事もなかった。もしあるとすれば、それは生まれてくる前の世界での事。


 そんな馬鹿な……。


 そう思って何度も気持ちを切り替えようとしてみたけれど、結局兄を恨めしく思う気持ちは解消されないままいつまでも眠れずにいた。



 翌日は大きなスポーツ店に行った。野球留学で親元を離れる兄のために父が良いものを揃えてあげたいということで元プロ野球選手がアドバイスしてくれるこのお店に寄った。


 兄は元プロ野球選手の人に色々とアドバイスを受けながら用品を選んでいて、私は野球帽のコーナーで母と一緒にどれが可愛いか見ていた。



 そして、そのとき “それは起こった”



 誰かが私の横を通り過ぎて、その人の “匂い” が運ばれてきたのだ。


 匂いと言っても、汗臭いとか香水をつけているとかシャンプーの匂いと言った具体的に表現できるようなものではなく、遠い記憶を呼び覚ます様な抽象的な匂い。


 ”懐かしい香り” と、言う言葉の方が合っているのかも知れない。


「お母さん。この匂い……」

「えっ?」

 お母さんにはグローブの皮の匂いや、バットに塗られている樹脂の匂いが立ち込めるフロアで、この匂いは分からないらしい。


 でも……。


 今迄、人の持つ固有の匂いなど気にした事もなかった。けれども確かに私はこの匂いを知っている。クンクンクンと小刻みに鼻から息を吸って僅かな匂いを集めて濃くする。


 濃くなるにつれて、だんだんと匂いの正体を思い出す。


 匂いの正体が分かってくると、やがて自分の正体も分かってきた。


 匂いの正体は、昔の私。


 それも松岡麻里として生まれてくる前の。


 そしてその正体は “犬!”


 慌てて匂いの主を探す。


 飼い主の顔は思い出せなかったので、匂いだけが頼りだった。


 帽子売り場付近にいる客や、その向こうにいる店員。

 バットのコーナーにいる人たち。

 シューズコーナーで靴を整理している店員。

 レジに並ぶ客とレジをする女性。

 

 店内を走り回っても既にあの匂いはどこにもない。


 犬だった頃は飼い主がどこに居ても直ぐに匂いを頼りにみつけられる嗅覚を持っていたのに、今はそれができないことが悔しかった。


 店内にはもう居ないのだと思い、走って店の外に飛び出すと微かに残り香を感じたが、

直ぐにその匂いは人ごみに掻き消されてしまった。


 まさか自分が犬だったなんて。


 でも、ショックではなく、なんとなく過去の記憶を取り戻せたことが嬉しかった。

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