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***爽太さんと、私***

 爽太さんとの出会いは、私が犬として生活していた中で最も悲しかったときのことだった。


 爽太さんと出会う前、私は違う家族に育てられていて、その家の小さな女の子と毎日一緒に遊び幸せな日々を過ごしていた。


 しかし、その幸せが何の前触れもなく崩れる日は急に私の前に訪れた。




 何日か部屋の片付けが慌しい日が続いたかと思うと、荷物を運び出す人たちが来て急に部屋が広くなった。


 その日のお昼、私は広くなった部屋で、女の子と飛び回るように遊んでいた。


 夕方にお父さんが車で散歩に連れて行ってくれると言ってくれた。


 後ろ座席には段ボール箱とお気に入りの毛布と大好きなお肉の缶詰が何個も置いてあった。もう日が暮れそうだったけど、久しぶりの遠出にワクワクして車に飛び乗った。


 女の子は昼間に遊び過ぎて寝ていて一緒に遊べないのは残念だけど、車に乗って散歩に行くときは必ず広い公園に連れて行ってもらえる。

 公園ではリードが外されて、自由に走ることが出来る。


 暫く車で走ると、お父さんは山の中にある公園で私を降ろした。

 そこはいつもの公園に比べて何倍も広くて楽しそうに見えるし、何よりも初めての場所は限りなく好奇心をくすぐる。


 何周かリードをつけたままお父さんと散歩をしたあとリードが外され、私は広い公園の中を自由に駆け回る。知らないところには知らない木や草や沢山の香りが溢れていた。夢中になって遊んでいると、いつの間にか車のドアが閉まる音がしたかと思う間もなく、お父さんの車が凄い勢いで走り去って行くのが見えた。


 “なに!? いったい、どうしたの!?”


 慌てて追いかけたけど車はどんどん離れて、直ぐに見えなくなる。それでも必死に追いかけたけど、大通りに出たところで他の車に退かれそうになって諦めた。


 屹度お父さんは、お母さんと女の子を迎えに行ったのだと自分に言いきかせてトボトボと公園に戻る。 置かれていたダンボール箱には綺麗に毛布が敷かれ、その中には私の大好きなお肉の缶詰が並べてあった。


 もう少し待てばお父さんが、優しいお母さんと可愛い女の子を連れて戻って来てくれる。


 もう少し待っていれば、家族が迎えに来てくれる。


 もう少し我慢して待っていれば、お母さんが来て、この缶を開けてくれる。


 けれども、いつまで経っても家族は迎えに来なくて、代わり夜の寒さがやってきた。

 いつも家の中で暮らしていた私には、まだ2月の外の寒さは堪える。


 用意された毛布に包まって、もしかしたらお父さんが帰りに事故にあったのかしらとか、女の子が急に熱を出して病院にいったのかしらと心配しながら迎えが来てくれるのをジッと待っていた。



 やがて夜の闇が終わり、日が昇り青い空が輝き、そして空がまた赤く染まり夜の闇が覆って来て、また日が昇る。

 車の音がするたびに耳をすませたけれど、どれもお父さんの車ではなかった。


 “離れたら動いちゃ駄目だよ。迷子になるから!”


 優しいお母さんがいつも女の子や私に言っていた言葉を思い出して、ジッとダンボール箱から離れないようにして待っていた。


 “お腹空いたなぁ……”


 大好きなお肉の缶詰は目の前にあるのに、空けてくれる人がいない。

 次の日も、その次の日も家族は迎えに来なくて寂しさと不安と空腹で泣きそうになっていた。


 何日か経った日の夕方、一人の男の子が来て缶詰を開けてくれた。


 嬉しかった。


 なかなか『よし!』と言ってくれないのでお手とお代わりを繰り返していたら漸く気が付いてくれて「お食べ」と言ってくれた。


 食べ終わった私を男の子は優しく抱きあげて頭を撫でてくれた。そして家族とは違う家に連れて行ってくれた。


 玄関に入ると少し怖めのお母さんに怒られて男の子が泣き出した。


 なにがあったのか分からないまま私は男の子の腕の中でぐったりしていた。やがて泣き止んだ男の子は私を抱いたまま来た道を重い足取りで戻りだす。


 私はそのとき気がついた。


 “また公園でひとりぼっちになる”って。


 諦めにも似た哀しい思いに心が押しつぶされそうになっていたとき、後ろから駆けて来る足音に気が着いて抱かれていた腕から顔を上げる。駆けて来る大人の人は、男の子と同じ匂いがした。


 その人は私達に追いつくと、男の子に何か話していて、男の子はその人の顔を真っ直ぐに見つめて何度もコクリと頷いて一緒に公園に向かった。


 公園に着くとその大人はダンボール箱に缶詰と食器を入れ、軽々とそれを持ち上げて来た道を引き返す。急に元気を取り戻した男の子は、私の頭を何度も撫でてくれた。


 そう、この男の子が柴田爽太さんで、ふたたび入ったその玄関には私の新しい家族が待っていたの。

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