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「リリーとマリの恋物語」  作者: 湖灯


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***爽太さんと私①***

 同僚の水沼から靴の購入を頼まれたメモには、サイズとメーカーそれに品番まで書いてあった。


 そこまで拘るのなら自分で買えばいいじゃないかと呆れて言うと、水沼は机の下に隠してあった足を見せて緊急事態なんだと呟いた。


 持ち上げた足に引っかかっている靴は靴底が捲れて、だらしなく口を開けていて情けない顔をしていた。


 水沼とは同期入社で、お互い来年四十歳になる。高校大学と野球をしていた俺とは違い、文科系サークルだった水沼は結婚を機に出社前のジョギングを始めてもう10年になる。


 最初はただのダイエット目的だったが、今では小さな大会なら入賞するくらい実力をつけて来た。

 さすがと言えば、さすがだが、その分靴の消費も激しい。


 カミさんの前でカッコいい男で居たいと言うのは見上げたものだが、俺の営業先近くに販売店があることを調べて買いに行くことを前提とした態度が気に入らない。

 水沼は、その俺の態度を見抜いて、相応の礼をすると言ったので一応買ってきてやることにした。



 印刷会社で営業を務める俺はその日、小文舎の大井編集長とドッグ・ファッションショーの行われる原宿のビルで打ち合わせを行ったあと、喫茶店に入り話をした。

 彼女とは数年前に仕事で知り合い、その出版物であるペットの話で意気投合して、プライベートでもよく飲みに行く。


 大井編集長は俺と同じ独身貴族で、結婚歴もない。

 小柄だが、かなりの美人。

 いままでどうして独身でいられたのか不思議に思うが、立ち入ったことは聞いていない。 

 好みのタイプなのだけど、この歳になると中々恋愛感情を打ち明けられない。


 その日も俺の昔飼っていた飼い犬の話で盛り上がったが、あっと言う間にお互いの次の打ち合わせ時間が来てしまい、喫茶店を出てそれぞれの方向に分かれた。


 大井編集長と別れた後、水沼から託された用事を思い出し、近くのスポーツ用品店に入った。

 どうせ買うことが決まっているから、自分で探すのも面倒なので店員に水沼から渡された靴のメーカーと型番やサイズの書かれたメモを渡す。


「少々お待ちください」

 商品を取りに店員が奥へ引っ込むと、他に用のない俺は店の外を眺めて暇を潰していた。

 しばらくすると、店の入り口から若い女性が入って来た。


 すまし顔の、典型的透明感あふれる系の美人。

 若い綺麗な女性は、この人の多い東京ではよく見かける。

 それは東京に綺麗な女性が多いというより、単なる確率論だ。

 一万人に一人と言うレベルの美人を地方で見つけるのは困難だけど、昼間の人口は一千万人以上もいてしかも人口の密集する狭い東京では直ぐに見つかる。

 だから普段から美人を見かけても、そう気にもならないでいた。

 しかしその時俺は、店に入って来る若い女性に目が奪われてしまった。


 白いブラウスと、色白の綺麗な肌に配置された大きな瞳がクリクリと辺りを見渡す様子が印象的で、筋の通った高い鼻に口角の少し上がった唇、胸の辺りまで伸びた艶やかな栗色の髪、誰から見ても美人といえる顔立ちだが、それよりも首に巻かれた青いリボンが昔飼っていた愛犬を思い出させ、しばらくはその犬と彼女の事を照らし合わせるように見ていた。


「大変お待たせしました」

 靴を持ってきた店員から声を掛けられ、彼女に囚われていた心が急に現実世界に引き戻された。

 会計を済ませて時計を見ると、次の打ち合わせ時間が迫っていて慌てて店の外へ出た。


 入り口の傍で、彼女とすれ違う。

 すれ違ったときにシャンプーの好い香りがして何故か無性にその頭を撫でてみたい衝動に襲われた。

 彼女と出会えたことで子供の頃のようにウキウキとした楽しい気分になり、店を出た後は良いことがあったときの子供の様に小走りに駅へと向かった。

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