***南さんと大井編集長と私④***
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深大寺を目指して走った僕は、意外に直ぐ麻里ちゃんを見つけることができた。
というか、彼女はまるで僕が来るのを待っていたように、坂道の途中で手を振っていた。
ゆっくりと戸惑うように近付いて行った僕の腕に彼女は自分の腕を絡めてきて、さっきまで泣いていたのが噓のように明るく、まるでじゃれてくる犬のような真直ぐな眼を輝かせて僕の顔を見上げると、坂道から逸れた暗い場所に連れて行く。
いくら僕を信じているとしても、なんだか間違ってしまいそうなくらいドキドキする。
だって、大好きな麻里ちゃんが僕に腕を絡めて、暗い場所へって……もしかして、もしかするの??
思わずゴクリと、生唾を呑んでしまい更に焦る。
麻里ちゃんが僕を連れて入った場所には幾つもの蝋燭が灯り、線香の香りが漂っていて、どう見ても墓地の様な場所だが肝心のお墓は見当たらない。
向かい側の柵の向こうに大きな塔のようなものもそびえ立ち、柵に掛かっている札の文字を読むと動物霊園萬霊塔と書かれてあった。
麻里ちゃんは柵の前で手を合わせたあと、振り返って話しかけてきた。
「南さん前に仰っていましたよね。わたしが人間と犬という垣根を越えているみたいだって」
たしかに動物愛護センターに行ったとき、そんな話をしたし、それ以外でも何度もそう思ったことがあった……そう、さっきも、そして今も。
「犬の言葉が分かるみたいとも仰いましたよね。……でもね、それ “正解” なんですよ」
「えっ?」
僕の口癖を真似て、僕を驚かした麻里ちゃんが子供のように得意そうに耳元で甘く悪戯っぽく囁いた。
「わたし本当は犬だったのよ」と。
その言葉は、子供の様な無邪気さとは裏腹に、まるで赤い唇の形が分かるほど妖艶だった。
変な話だけど、確かに今まで僕が不思議に感じていたことはその一言で納得いく。
一瞬まじめに考えてしまったが、ありえない!
僕は急に焦りを覚え、思わず麻里ちゃんの頭をくしゃくしゃに撫でながら笑って言った「もー麻里ちゃん、冗談が過ぎるよ」と。
さっきの男のことが気になるけれど、こうして撫で続けていると妙に焦りが消えて行き心が落ち着く。
「わたし、南さんに隠していたこと全部お話ししますわ。……あの人のことも」
急に麻里ちゃんの表情が真面目になり、僕もいつになく緊張してしまう。
そして僕たちは供養塔の階段に腰掛けて、麻里ちゃんは自分が犬だった頃の話をはじめた。
「――このお話は本当のことよ」
麻里ちゃんは、犬だった頃の事と、今でもその記憶が強く残っている事を話してくれた。
にわかには信じられないような、突飛な話だったけれど、不思議に僕の心はそれを自然に受け止めていた。




