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***除霊された私***

 口の中でパチパチと弾け飛ぶ衝撃と膨らむ泡に耐えかねて、台所に吐き出そうと慌てて席を立った所で、何故か進路を編集長に塞がれた。


 “どいてください!” 


 と言いたかったけれど、今は口を開けることが出来ないので言葉を出せない。


 一旦足が止まると、それまで何ともなかった胃が急にムカムカしはじめた。

 胃の中に入った液体が逆流して来る。



 “うっ、もう我慢が出来ない!”



 そのとき、いきなり編集長からペットボトルの水を掛けられた。



 ”なに? なんてことをするんですか編集長!?”



 南さんも、得体の知れない紙きれをジャラジャラつけた棒を、振りかざしながら近づいてくる。



 “こ、これは、いったい何??”



 驚いて立ち止まったとき、思わず口の中で膨れ上がったパチパチキャンディーを呑み込みそうになって喉が詰まり、その反動で口の中から少しあふれ出てしまった。



 “もう、限界”



 こんな所で吐き出すわけにはいかないけれど、お腹の中に入ったものまで胃から上がって来て喉をさかのぼってきた。


 もう止めようにも、一旦逆流を始めた流れは止められない。




 苦しさに耐えかねて、その場にうずくまった拍子に、今まで抑えていたものが一気に口から吐き出てしまった。



 “超みっともない! こんな所で吐くなんて、まるで子供みたい”



 我慢していたせいなのか、胃も痙攣して、恥ずかしさと苦しさで体が震える。


 吐き出された液体はまだシュワシュワパチパチと弾けていて、その緑色の色と合い交えて、まるでこの世のもととは思えないほどグロテスク。


 まるでホラーかオカルト映画にでもでてきそう。



 編集長は私が吐き出した液体に更にペットボトルの水を掛け、何を思ったのかパチパチキャンディーの液体に向かって「チャーム!チャーム! 許して!許して!!」と、泣き叫んでいた。



 “編集長、それただのメロンソーダ味の弾けるキャンディーが口の中で液体化したものですよ”



 教えてあげようと思ったけれど、今の編集長は、それどころじゃない。


 そして南さんは私の傍で、さっきから変な紙きれをジャラジャラつけた棒を振り回しながら、何かの呪文を唱えている……。



 “そうか、この紙きれをジャラジャラつけた棒は、テレビで夏にやっていた心霊現象特集のときに祈祷師さんが除霊のために使っていた棒だ!”



 夏の深夜、手で目を隠し人差し指と中指の間を少しだけ開けて、ひとりでドキドキしながら観た特集を思い出す。


 ここで二人の奇怪な行動と、ヘンテコな装飾の意味がやっと分かった。


 これは、つまり “除霊” !


 編集長が私に掛けた水も、おそらくただの水ではなくて、きっと“聖水”


 二人は、私の中のリリーの魂を取り払おうとしているのだ。




 ◇◆◇◆◇◆




 麻里ちゃんの口から吐き出された緑色の怨霊が最後の断末魔の悲鳴を上げていたが、その上から編集長が追い打ちの聖水を掛けると一気にその叫び声は頂点を迎えると徐々に静まっていった。


 そして、そのあと吐き出された怨霊に覆いかぶさるようにして、泣き叫ぶ編集長。


 僕はと言うと、ただただ呆然としていた。


 まさか知り合いの神主さんにホンノ少しだけ教わっただけで、こんなに早く結果が出るなんて正直思ってもいなかった。


 怨霊を吐き出した麻里ちゃんが、編集長の隣でトンビ座りしたまま気が抜けたようにしていた。



 “すべて、終わったのだ”



 今、この世から消え去ったリリーには悪いけれど、これでもう麻里ちゃんはその束縛から解放されたのだ。


 いくら可愛いと言っても、前世に悔いを残して漂っていた怨霊は、いつかは悪霊に変わる。


 地縛霊とか怨霊は、時が経てば悪霊に変わり人々に災いをもたらすと、いつか読んだ漫画に描いてあったのを思い出す。


 結局、死んだ者の魂は成仏するしかない。

 未練を残して、この世に留まっていてはならない。



 僕たちはリリーが悪霊に変わる前に成仏させてあげる事に成功したのだ。

 ホッとした途端、僕も腰が抜けてしまい、力なくその場に座り込んでしまった。


 内心、リリーの怨霊が僕たちの除霊に反発して、一気に悪霊に変化して襲ってくるかもしれないと心配していた。


 特にあの緑色のグロテスクな正体を見たときは、観念さえもした。


 だけど、リリーの魂は僕たちを攻撃してこなくて、除霊を受け入れた。


 それはきっと、怨念の中に封じ込められたリリーの優しさが僕たちを守ってくれたのだろう。



 聖水によって薄まって行く緑色の液体。

 そこから目を離し、麻里ちゃんを見る。


 “麻里ちゃんは、大丈夫だろうか?”


 トンビ座りの麻里ちゃんは、まだ意識がもうろうとしているみたいで、ボーっとしていた。


「麻里ちゃん、大丈夫か?!」


 肩を揺らすと、ハッと気が付いた麻里ちゃんが「大丈夫です……私、いったい――」と言葉を返してきた。


 リリーの支配から急に解放されて、戸惑っているのだろう。


 だけど返事が返ってきたことで、なんの根拠もなく大丈夫だと勝手に思い込んで安心していては駄目だ。


 本当のチェックを怠って気を緩めてしまうと、怨霊の欠片によって強烈な逆襲を食らうのはマンガやアニメの世界では常識。


 麻里ちゃんの様子の変化をつぶさに観察する。


 立っているときには全然気づかなかったけれども、こうしてペタンと床にトンビ座りして落としたお尻は、細い脚に比べて以外にボリュームがある。

 

 しかも、久し振りに着て来たスカートから覗く足は、美脚以外の何物でもない。


 そこから視線を上に上げたとき、僕の目がある一点を注視してしまう。


 それは、男のサガ。


 編集長に聖水を掛けられた白のブラウスは、掛けられた水により白い肌に貼り付いて、思った以上に形のいい胸の膨らみを浮かびあげる。



 “いかん、いかん。このような神聖な場所で!”



「色即是空!」



 僕は最後の呪文を唱えた。

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