***陰陽師と私***
定時でスタッフ全員を返して、南君と部屋に残る。
蝋燭の灯りと線香の匂いの立ち込める部屋で麻里の帰りを待つ。
部屋で街ながら、ずっと麻里と柴田さんのことを考えていた。
このまま私が身を引いて、麻里を柴田さんのもとに送り出して良いのだろうか?
麻里の中に居るリリーは、それで幸せになれるだろうか?
南くんが言う様に麻里の中にリリーが憑依していたとして、二人が一緒になったあと麻里の中のリリーが成仏して消えてしまったとしたら、残された麻里と柴田さんはどうなるのだろう?
考えても、考えても、答えは出ない。
ただ一つだけ、分かる事がある。
それは、このさき何十年もあとに起こる悲劇。
二人が年老いて、柴田さんが死んでしまった時の事。
二人の歳の差を考えると、このケースは起こる可能性が高い。
何と言っても、柴田さんは麻里より18歳も年上だから。
もしも麻里の中でリリーが未だ生きていたとしたなら、死んで動かなくなった柴田さんをどうにかして起こそうとするはず。
飼い主が死んだことを受け入れられずに、犬や猫はパニックを起こすことが多い。
そして必死になって、口を舐めたり顔を引搔いたりして起こそうとする。
抵抗しなくなった死んだ飼い主の皮膚はもろい。
引搔かれた皮膚はやがて裂け、その傷を治そうとして舐めているうちに、肉を啄んでしまう。
これが、よく飼い主が孤独死した場合に起こる、ペットによる飼い主を食べたと言われる行動。
もちろん犬や猫にとって、飼い主の死骸は餌ではない。
だから野生動物のように、栄養豊富な内臓から食べることは極稀で、野生動物がほぼ食べない顔の肉を食べてしまう。
ペットにとってはパニック状態に陥った、ために起こってしまう行為にしか過ぎないのだ。
でも、これが人間だったら……。
年齢的に考えても、年上の柴田さんのほうが先に死ぬだろう。
そのとき、麻里の中のリリーがパニックを起こして、同じ行動をとったとしたらそれはマスコミがこぞって取り上げる猟奇事件。
この話は飛躍し過ぎかもしれないけれど、二人の年齢差からいっても柴田さんが亡くなったあと随分長い間、麻里は一人で過ごさなければならなくなる。
やはり南君の言う通り、麻里に憑依したリリーの魂を引きはがして、成仏させるのが最良の手段なのかも知れない。
私も心を鬼にして陰陽師として頑張るべきなのだろう。
◇◇◆◆◇◇
南青山のKさんの家に着くと、いつものようにシェットランドシープドックのジョンが、お出迎えしてくれた。
その喜びようときたら、いつもとは比べ物にならないくらいで、飼い主のKさんも目を丸くして驚いていた。
理由は簡単。
それは、大好きなお姉さんが、珍しくスカートを履いて来たからです。
男の子は兎に角、脚が好き。
もう家に入ったときから、打ち合わせしていても、ずっとソワソワと足にまとわりついて来て離れてくれない。
おまけにスカートだから、その裾を潜って中に入ろうとしてくるから手に負えない。
「すみません。もうそろそろ去勢しようと思っているのですが……」
「いつもスカートを履いた女性には、こんな状態になるのですか?」
Kさんの口から出た“去勢”という言葉に引っ掛かった。
「いやウチのカミさんには、そうでもないのですが、娘やその友達などには結構まとわりつきます。まあ、もっとも松岡さんが来たときみたいに激しくはないのですがね」
「ジョンは今、何カ月でしたっけ?」
「8ヶ月です。情報誌などには去勢は生後6カ月くらいから――と書いてあるのが多いのですが、どうも遅れ遅れで……」
その言葉の中には、Kさんの“出来る事なら去勢させたくはない”という思いが込められていると思った。
「無理に去勢しないといけないとは限りませんわ。それに犬の思春期は生後6ヶ月から1年ちょっとと言われていますから、それを越えれば少しはおとなしくなると思いますし手が掛かるかも知れませんが思春期くらいは迎えさせてあげれば良いと個人的には思いますわ」
私の言葉にホッとしたのかKさんも嬉しそうに「そうですよね」と喜んでくれ、なによりもジョンは大はしゃぎして喜んだ。
何でも甘えさせてあげてやりたいとは思うのだけど、それでは単に我儘で自制の効かないダメな子になってしまう。
だから帰り際にリフティングされた時は、さすがに注意した。
「こらぁジョン。恋人にはなってもいいって言ったけれど、お嫁さんになってあげるとは言っていないぞ!」
ジョンは賢い子だから、直ぐに何で怒られたか理解しておとなしくなったので、私は直ぐに頭をナデナデして褒めてあげた。
Kさんとの打ち合わせが終わったあと、渋谷・新宿の書店周りをした。
我が社の発行する雑誌の売れ行きの確認と次回の特集の案内や、新たにペット関連の小説を募集するようになったことなどを一軒一軒報告して回り、最後の書店を出たときにはもう19時を回っていた。
「ただいまー!」
さすがに歩き疲れて、ヘトヘト。
編集部に戻ると、そこは蝋燭の灯りが灯る神妙な部屋。
南さんがヘンテコな着物を着て呪文を唱えていて、何だか怪しい雰囲気で、空気が重い。
「あっ、おかえり。ご苦労様」
出迎えてくれた編集長もまるで巫女さんが偉くなった様な感じで、まるで神話に出て来る女神さまの様に素敵。
その編集長に電気をつけていいかと聞くと、何故か南さんに確認を取って「いいよ」と返事が返って来た。
“変なの……”
そう思いながら、電気をつけると部屋中にしめ縄が張られて、まるで神社かお祭りみたい。
「わぁ~! 綺麗‼ これ、なんですか?」
「あっ、ハロウィンの飾り」
私が声を掛けるたびに、編集長がビックリしたように答える。
“どうしたんだろう?”
不思議に思いながら、パソコンを開きメールのチェックと、打ち合わせ議事録や業務報告書に取り掛かった。




