***人間に生まれ変わった私②***
私の仕事は雑誌の編集者。
職場は東京の真ん中あたり、神保町の超大手出版社のビルの隙間を抜けたところにある。
会社の名前は『小文舎』
御近所さんの『小○館』や『集○社』『岩○書店』などに比べれば全然メジャーな出版社ではないけれど、それでもここにはメジャーな御近所さんにも負けない『ワンにゃんランド』というペット雑誌があり、これだけは人気も販売数もその大手出版社に負けてない。
高校生のときにこの雑誌と出合った私は、どうしてもこの出版社に入りたくて、読者から読者投稿常連。
そして読者モニターからアルバイトとステップアップして、大学を卒業したこの四月から晴れて社員として働いている。
「うっ!お酒臭い!」
ワンにゃんランド編集長、アラフォーの『大井町子』女史の大きな声がフロアに轟き、倉橋先輩と私が驚いて振り向くと入り口に聳え立つように身長百九十センチ近い大男のスポーツ選手系イケメン契約カメラマン『南雄大』さんが手を口に当てて立っていた。
「えっ!?大井町さん、僕そんなに臭い?」
「臭いわよ!それに、いつも言っているけど、私は大井町ではなくて“大井・町子”よ!変なところを続けないで頂戴!」
大井町……いえ、大井編集長はオーバーな素振りで怒っていた。
身長百五十センチの小柄な大井編集長と南さんの、この凸凹バトルは毎朝の恒例行事。
約四十センチの身長差。
それにハキハキとしたツッコミ役の編集長と、のんびり屋さんでボケ役の南さんは、もう少しシナリオを煮詰めればM1グランプリに出ても良い所まで行くのではないかと錯覚させるほどテンポが良い。
まだ編集長が怒っていると言うのに、もう南さんはそんなことなんて全く気にしていない様子で私を見つけると、その特徴でもある巨大トウモロコシのような大きな歯を見せながら近寄って「おはよう麻里ちゃん。僕そんなにお酒臭いですか?」と、聞いてきた。
私は人並み以上に嗅覚が鋭いから、南さんがこの部屋に入って来る前から、お酒の匂いで気が付いていた。
けれども、これは余り人前では言えないので、黙っている。
だって、これは犬の嗅覚ののこりなんですもの。
二日酔い独特の甘い腐ったような香りに少し辟易しながらも、私は無言のままニッコリ微笑み、バッグの中から口臭用の飲み薬を取り出して南さんに “お手” を要求する。
私の細い手の平に、南さんの大きな手が重なる。
そして南さんの手に小さな緑色の粒を三粒乗せて “待て” の合図をして、お台所に行き水を汲んでテーブルに置く。
南さんは椅子に逆向きに腰掛けたまま大きな眼を上目遣いに私を見上げてジッと待っていて “よし!” という私の合図で薬をコップの水で飲み干したあと再び大きな白い歯を見せて笑い、私もクスッと笑った。
それからすぐに朝のミーティングが始まり、各々の今日一日のスケジュールと確認事項などをスタッフで再確認した。
今日の私の予定は午前中デザイナーのKさんと青山で打ち合わせをして、午後から新宿で南さんと合流してから調布で行われるNPO法人の主催するイベントの取材をしたあとに帰社する予定。
編集長は、九段下にある印刷会社の人とドッグ・ファッションショーの打ち合わせで原宿。
倉橋さんは、千葉にあるペットフード工場へ取材。
麻丘さんは、都内にあるペットショップ周りの取材。
そして副編集長で編集部唯一の男性である田所さんは、雑誌に掲載される広告取りの営業取り。
社を出た私は、Kさんとの打ち合わせのため地下鉄半蔵門線の駅へと向かった。




