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「リリーとマリの恋物語」  作者: 湖灯


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29/88

***深大寺へ導かれる私②***

 

◇◆◇◆◇◆(その時の柴田爽太)


 その日、柴田爽太は八王子で営業の打ち合わせが終わり、ビルを出て携帯の電源を入れた。


 起動と共に着信を伝える愛犬の画面が現れて思わず顔が緩む。そして宛名を見て苦笑いに変わる。

 メールをよこしたのは水沼で内容は午後に予定の入っていた吉祥寺の会社からドタキャンが入った知らせだった。

 追記に「深大寺で蕎麦でも喰ってお参りして来い」と書かれていた。


 俺はは京王八王子駅の改札を潜る。


 別に水沼の指示に従うつもりなど毛頭ない。

 ただ少し遅くなった昼食に蕎麦を食べに行くだけ。 


 時刻は昼の二時を過ぎていた。


 丁度来た電車に乗り調布に着くと、どんよりとしていた空は、いつの間にか鮮やかな青に変わっていた。




 ◆◇◆◇◆◇(その時の松岡麻里)


 編集部を飛び出して、あてもなくただ歩いて、気が付いたとき私は新宿まで来ていた。


 慌しく行き交う人の中、途方に暮れて歩道に立ち止まっていると何人かの人とぶつかり、それを避けるために仕方なくまた歩きだす。


 歩いているうちに京王新宿駅の案内板が目に入った。

 前に取材に行ったとき南さんが “縁結びの御利益がある” と言っていたお寺は確か京王線沿線にあった。


 “会えるものなら、逢いたい!”


 昔、私がリリーだった頃の飼い主『爽太さん』に。

 叶うなら、たとえこの身がどうなろうと構わない。


 会って、もう一度爽太さんと散歩がしたい。


 頭を撫でてもらいたい。


 膝の上で甘えたい。


 あの暖かな胸に抱かれたい。


 “あそこに行けば願いが叶う!”


 私は、まるで夢遊病者のように京王新宿駅の改札を潜り調布行きの電車に乗った。




 ◇◆◇◆◇◆(そのときの南雄大)


「麻里ちゃんを連れて来ます!」


 そう言って階段を駆け降りたものの、当てはなかった。それでも僕は駆けた。

 人の波を縫う。

 ラガーマンだった頃の体の動きを思い出しながら、人の波を掻き分ける様に凄いスピードで兎に角駅に向かって走った。


 いちばんに思いついたのは神奈川県動物愛護センター。

 ひょっとしたらダイに会いに行ったのかも知れないと思い、センターに電話を入れ、松岡麻里が来たら連絡して貰うようにお願いして小田急に飛び乗った。


 しかし動物愛護センターに麻里ちゃんの姿は無く横野のロンの里親宅にも立ち寄った形跡はなく無駄足に終わる。


 虚しさを残して、秦野からまた小田急に乗って引き返す。


 帰りの電車に揺られながら窓の外に広がる空を眺めると、午前中の灰色の空が嘘のように晴れ渡り、五月に麻里ちゃんと一緒に取材に行ったときの空に似ていると思った。


 車内アナウンスが次の停車駅『登戸』を告げる。


 普段聞き流すアナウンスに『小田急線登戸』→『南武線登戸』→『稲田堤』→『京王稲田堤』→『調布』と路線図が頭の中で繋がり、その路線図に何故かあのドッグランの取材の時の活き活きした麻里ちゃんの顔が重なった。


「正解!深大寺!」


 僕は電車内でそう叫ぶと座席から飛び上がる様に、まだ空いていたドアから飛び降りた。




 ◆◇◆◇◆◇(その時の大井町子)


 新宿で書店との打ち合わせが終り、帰社するために都営新宿線の駅に向かっていた私は、出ていった麻里の事を思うと不意に立ち止り今来た地下道を引き返していた。


 思い出したのは南君が深大寺公園ドッグランの取材のとき撮った麻里の活き活きとした笑顔の写真。

 

 麻里には失礼な話だけど、南君から個人的にもらったその写真を見ていると、何故か遠い記憶の中にいる昔飼って居た『チャーム』に似ていると思った。


 何故だか分からないけれど、深大寺公園ドッグランでチャームが私を待っている予感がした。


 “あの笑顔に逢いたい”


 そうすれば屹度麻里にも会えるはず。


 そう思うと、足は勝手に京王新宿駅へと向かい深大寺を目指していた。

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