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「リリーとマリの恋物語」  作者: 湖灯


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***ペットを捨てた女と私②***

 私は幼い頃犬を飼っていた。

 凄く可愛い白いスピッツ犬。

 名前はチャーム。


 父の転勤で東京に引っ越す事になった時も、家族と一緒に連れて行くはずだった。


 しかし、そうはならなかった。


 引越しの日、片付けが終わって引っ越し業者さんが大きな荷物を持って行ってくれたあと、広くなった部屋でチャームとまるで外のように走り回って遊んだ。

 そして私が疲れて寝ている間にチャームは居なくなっていた。


 東京の社宅では犬が飼えないので友達にあずけてきたと、父は言ったがその当時の私はただ悲しさに泣くだけで、それが父親の嘘だとは分からずにいた。

 私が父の嘘に気が付いたのは、ずーと後のこと。


 そう。

 私たち家族は、平気でチャームを捨てたのだ。


 あの時、私が眠っていなければチャームを救えたかもしれない。

 けれども私はチャームの事など一切考えないで、引っ越しするために家具の無くなって広くなった部屋を走り回って遊び、そのまま疲れて寝てしまった。

 

 大人なら、引っ越し先にチャームを連れて行けるのか真っ先に聞けただろう。

 いや、大人ではなくても本当にチャームの事を大切に思っていたのなら、あの時の年齢でも充分にその事は両親に聞けたはず。


 でも私は聞かなかった。

 一緒に行くのが当たり前だと思っていて、心配もしていなかったから、両親に聞くこともなかった。

 子供だから仕方ないなんて嘘!

 子供だから、本当は一番チャームの事を心配してあげなければならなかったのだ。

 子供が心配すれば、親は捨てることを躊躇うはず。

 

 私は、それを怠った。


 子供のときにできたこの心の傷は、大人になっても癒えることはない。


 商業的には成功しているこの雑誌にも、本当言うと麻里の言うとおりペットブームを煽り立てるだけでは飼われる側は不幸になるから、現状とモラルをもっと訴えるべきだと思って始めたつもりだった。


 しかし、当時の編集長に私の出した “モラルへの喚起” なる企画書はことごとく却下された。


「今は雑誌を売れるものにすることだけを考えて! そういう記事は、売れるようになってから提出して! でないと廃刊になっちゃうわよ!」


 当時は、編集長から言われるように、雑誌が売れていなくて次の月の出版さえ危ない状況だった。

 だから私はガムシャラに雑誌が売れるように努めた。

 ペットを飼う上で起こり得る様々な不都合な問題には一切触れずに、今流行りの犬種やグッズ、とにかく可愛さや楽しさを追求した。

 そして編集長になった今でも、その路線は変えてはいない。


 編集会議のとき、麻里に真剣な目で見つめられた途端、私の過去に犯した過ちを責められているように思え酷く動揺して最後には捨て台詞のように

「読者の皆に楽しんでもらうための雑誌よ! 麻里の言っている内容は官庁の広報課にでも売り込んで来なさい!」とパワハラのような口調で言ってしまった。


 何故そんな心にもない事を言ってしまったのか自分でも理解できない。


 ただ昔飼っていたチャームから、捨てたことを責められている気がして、その恐怖に気が動転してしまった。





 打ち合わせのある新宿の書店では、先方の店長さんもブックフェアーに大いに賛同してくれ話は盛り上がった。

 まるで今迄悩んでいたことなどまるでなかったように。


 そのことがまた、自分が、飼い犬を見捨てても平気で生きていられた女だと強く自覚してしまい、心が痛くなる。


 そう。


 雑誌『ワンにゃんランド』の編集長の私は、大好きなペットを捨てて平気で生きて来た女なのだ。

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