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***小悪魔が降臨した私***

 ガッシャ~ン!!


 看板を倒した拍子に、お店の壁に“ドン”と打ち付けられて転んだ。


「大丈夫ですか!?」と、慌てて飛んで来てくれた大井編集長。


 南君は倒れた看板を元に戻し「ああ、いい蕎麦の匂いがすると思っていたら、ここ蕎麦屋さんだったんですね」と、隠していたつもりの看板に気付かれてしまった。




 ◆◇◆◇◆◇




 爽太さんが、せいろの二段盛りを選んだので、私も同じ二段盛りにした。


「大丈夫? そんなに食べられる?」


 心配して聞いてくれる爽太さんに


「だって、レディーの前で、いかにも“3段盛りはマズイよなぁ“って言うお顔をしていらっしゃるから、私が代わりに3段目を注文してあげました」


 と、悪戯っぽく言葉を返す。


 すると爽太さんは、テレビ漫画『サザエさん』に出てくる浪平さんのように「これは一本取られたな」と頭の後ろをポンと叩いてからお店の人に注文を伝えた。


「しかしよく分かったね。俺がいまだに蕎麦なら別腹だってこと」


「だって、好きって言う感情は全てにおいて、そうそう変わるものではないでしょ。好きな食べ物、好きな色、好きな洋服……野球は今でも好きですか?」


「ああ、でも今は観て応援するだけ。


 リリーには格好悪くて報告できずじまいだったけれど、結局長野を離れて東京の強豪校に入ったのは良いけれど、3年生でやっと補欠に入るのが精一杯だった。おまけに大学では肩を壊してしまい、マネージャーに格下げさ」


 目の前で、その壊した肩をグルグルと回して見せながら陽気に笑う爽太さんを見ながら、いまでもリリーはこの人が好きだと思った。


 そう。好きって言う感情は、そう変わるものではない。

 たとえ、いったん死んで、また生まれ変わったとしても。


 そのとき、お店の外でガシャンと何かが倒れた音がした。


 その後にはドスンと言う音も。


 何だろうと思って耳を傾けていると、何やら聞き覚えのある声が聞こえる。

 不審に思って、席を立って外に出て驚いた。


 だって、そこには南さんと編集長が居るのですもの。




「編集長! それに南さんに、水沼さんも。こんな所で、何をしているのですか??」 


「水ぬ・ま……まちこさん。いや、大井編集長!」


 私のあとを追うように外に出てきた爽太さんは、私よりもっと驚いていて、それは驚くと言うより狼狽すると言ってもいいほど動揺している風だった。


 爽太さんの動揺する訳を私は知っている。


 それは、ここに大井編集長が居るから。

 爽太さんは、突然現れた私と言う存在に浮かれているけれど、それまでは大井編集長の事が好きだったのだ。 


 私の事を過去形にしたまま……。


 その時、私の心に小悪魔が降臨した。




「編集長もランチですか? 私、打ち合わせが終わったあと柴田さんに誘われて、このお蕎麦屋さんにデートに来ているんですよ。よかったら編集長も、どうですか?」


 少し懲らしめてやろうと思って、ただ一緒に食事をしに来ただけなのに、ワザとデートだと言った。


 デートと聞いて、編集長の目が柴田さんの目を捉えるのが分かった。 

 そして、その視線に柴田さんが更に慌てたことも。


「いっ、いやデートじゃなくて、会食、会食!!」


 爽太さんが慌てて私の言葉を打ち消そうとする。


「えーっ、そうなんですかぁ~。だって食べきれないときは、私のも食べてくれるって言ってくれたじゃないですかぁ~」と、甘えながら爽太さんの腕に抱きついて思いっきり甘えてみせる。


 編集長が爽太さんと付き合っている事なんて、編集長が九段下印刷との打ち合わせから戻って来たときの心臓の鼓動と汗の臭いで薄々は感じていた。


 ただ爽太さんの匂いだけは地下鉄に乗り合わせる大勢の人の匂いに紛れてしまい分からなかったけれど、それが分かってしまったいま私の中で――いやリリーのなかで小悪魔が目覚めた。


 もちろん爽太さんは私がこれ見よがしに絡めた腕を、無理に振り払うことなんてできっこない。


 かといって、編集長の事も無下には出来ないから、爽太さんの腕は力が入り過ぎてカチンコチン。


 両方に良い顔をしようなんて、虫が良過ぎますよね。


 私は、もう誰にも渡さないという勢いで、そのまま爽太さんの腕にしがみついていた。

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