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***ムラムラな打ち合わせの中の私***

 “コンコン”


 ドアが開いて入って来たのは、私をこの部屋に通してくれた若い事務員さんではなくて、爽太さんと同じくらいの年齢のオジサマ。


 そのままの姿勢を保ったままオジサマに目を向けている私と違って、爽太さんは慌てて体をもとの位置に戻し「水沼、なんでお前が入って来るんだ!」と、怒っていた。


「しょうがないだろ。鈴木さんはいま手が離せないから、わざわざ俺が珈琲を持ってきてやったんだ。悪いか!?」と、少し膨れた態度で言い返すが、その言葉で2人が仲のいい友達であると言うことが分かり逆に心地いい。


 水沼さんの手に持っているトレーが大きく揺れて、そこから珈琲のコクのある香りが波打つように漂う。

 私は、それが床に落ちる前にと、慌ててその手からトレーごと取り上げてテーブルの上に置いた。


「あっ、スミマセン。つい興奮してしまって……」


「いえ、いいんです」


 持ってきてもらった珈琲をテーブルに置きながら、注意を水沼さんに向けていた。

 水沼さんの衣服の臭い、汗の臭い、心臓の鼓動……。


 衣服からは爽太さんの匂いもして、屹度この二人は席が近いのだろうと思う。

 汗は多めで心臓の鼓動も早いから、本意ではない事をしているのだと感じた。


 “本意でない事”


 つまり、私たちの様子を見に来たに違いない。

 おそらくただの興味本位じゃなくて、なにかを心配して見に来てくれたことは心臓の鼓動で分かった。 

 そしてその何かとは、私に関係する事も。 




 ◆◇◆◇◆◇




 ほんの興味本位で、鈴木さんに代って珈琲を持って来たついでに、その美人とやらを拝見しようと思っていたが、まさかこれ程の美人だとは思ってもいなくて驚いた。


 俺が驚いたのには、ふたつの理由があった。


 ひとつ目は、彼女のその美貌。


 筋の通った鼻がシュッと高くて、しかも身長も高くてスリムだから、一見外国人かハーフのようにも見えると言った鈴木さんの言葉は的を射ている。

 鼻の高い女は、相手に冷たい印象を与える場合が多いが、彼女の場合は何とも言えない愛嬌がある。

 それはきっと童顔で、少しだけ目じりの下がった大きな目と丸みを帯びた小さな顔の輪郭のせいかもしれない。


 しかしそれとは反対に8頭身近くあるように見える小顔こそが、彼女を洗練されたモデルのように見せていることも確かで、これでは日本の女優やタレントには例えようがない。

 外国に行けば、ひょっとしたら似たような女性が居るかも知れないが、それほど外国人スターを知らない俺には誰に似ているのかは思い浮かばない。


 ピンと来たイメージで言えば、ポメラニアンかスピッツに似ている。


 もともと、これらの犬は大型犬であるサモエドを改良して出来た犬種。

 サモエドほど大きくなくて、ポメラニアンほど小さくなくて、鼻がシュッと高いこの女性は、まさに鈴木さんが言った通りスピッツそのものだと思った。


 そして、もうひとつ。これは少々厄介なことだけど、この女性を初めて見た瞬間、柴田とは既に只ならぬ関係であると感じた。

 恋人なのか、親戚なのか、それとも家族なのか……。

 いずれにしても、大井編集長や鈴木さんのような普通の女性が持ち合わせていない何かを彼女は持っていると思ったし、いま目の前にいる柴田がその魅力にメロメロなのは言うまでもなく理解できた。まあしかし、これ程の美人なら初対面で妻子持ちの俺でもメロメロになりかねない事は確かだ。


 折角、小文舎の大井編集長と旨く行きそうだと思っていた矢先に現れた美女。


“おいおい、この歳になって、ふたまたかよ”




 ◆◆◆◆◆◆




 水沼の魂胆が見え見えで苛立ったものの、よくよく考えてみれば、どうして俺が苛立つ必要があるのだろうと思った。


 そう。


 俺はリリーと仲良く打ち合わせをしていただけで何も後ろめたいことはないし、リリーと俺の関係は人から見て決して怪しまれる関係ではなく、ペットを大切に飼っている人なら当然の“家族” と言う関係に他ならない。


 ただ一つだけ困ったことは、自慢したいはずのリリーのことを、誰にも自慢できない事。


 “この娘、昔俺が飼っていたスピッツ犬のリリーって言うんだぜ。どうだ、可愛いだろう!”


 なんて威張って言ったら、気が変になったと思われるのがオチだ。


 だいいち、そう思っている俺自身、何だか気持ちがフワフワしてまるで魔法にでもかかったように足が宙に浮いた気がするくらいだから。

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