***トワイライトゾーンで南さんに告白する私***
日が沈み、あれだけ周り中を赤く染めていた空も真っ黒に染まり、その端に未だ少しだけ残り香のように紫色の部分が残るだけ。
外灯に照らされてベンチに腰掛けている二人のシルエットは、まるでフランス恋愛映画の一場面のよう。
そのシルエットが次第に夜の闇に慣れて来た瞳に色を映し出し、湿気を帯びた夜の空気と闇が、麻里ちゃんを驚くほど妖艶に映し出す。
姿は人間松岡真理そのものなのに、違う世界から迷い込んで来たイリュージョン(幻影)かスペクター(亡霊)の様に見える。
本来なら麻里ちゃんの様に美しい女性ならフェアリー(妖精)の様に感じると思っていたのに、今は亡き者に見えるなんて不思議に思いながら覗いていた。
しかしそのイリュージョンの麻里ちゃんと柴田さんの2人の姿は、何故か古くからの恋人同士のように思えてくるから更に不思議で幻想的だ。
そのうち麻里ちゃんが柴田さんの胸に顔を埋め、その顔を持ち上げて何かを囁いているときにその大きな瞳に光る水滴を見つけると、幻想的な雰囲気に奪われそうになっていた心は急に現実世界へと戻され“嫉妬心”に変わった。
「あの野郎!」
◆◇◆◇◆◇
隣にいた南君が、急にそう呟いたあと木陰から出ようとしたので止めた。
「どうして、止めるんですか!? 僕の思い過ごしじゃないと思いますが、編集長だって柴田って男のこと――」
私は、まだ喋ろうとする南の口を手で塞いだ。
柴田さんは麻里の肩を強く抱き寄せて、その頭を撫でている。
撫でられている麻里は柴田さんの胸に顔を埋めていて、本物の恋人同士に見える……しかし私は南くんとは逆に、さっきまでの嫉妬心が消えて妙に落ち着いていた。
「何故出て行って止めないんですか」
まだ、不服そうに南君が言うので私は答える。
「あなたカメラマンでしょ。なに見ているのよ」と。
南君は、不承不承に持っていたカメラを持ち上げて、ファインダーを覗き込みアッと息をのんだ。それで私が感じていることを彼も感じ取ったのだと分かった。
そう、いま目の前に見えるのは麻里ではなくて、まるで白く可愛い何か違うものに見える。
それはまるで美しい映画のワンシーンのようにも見えたし、森に住む妖精たちのように幻想的にも見えた。
私にはハッキリとその姿が、幼い時に私たち家族が捨てた白いスピッツ犬のチャームに見えた。
そうして見ていると、いつの間にいたのだろうか、麻里の肩に止まっていた蝶が空に昇っていくのが見えた。
私たちがその蝶の行方を追って空を見上げると、濃い群青色に染まった空にはまるで鱗粉が撒かれたように幾つもの星が瞬き、流れ星が北西の空に向かって流れて消えた。
空を見上げていたのは一瞬だと思っていたのに、目を地上に戻すと、もうベンチに二人の姿はなかった。
南君と慌ててベンチのある通りに駆け寄って周囲を見渡したけど、それらしい人影も見当たらない。
柴田さんと麻里が座っていたベンチからは神代植物園正門に向かう道と、深大寺に向かう下り坂の分かれ道になる。
戸惑っている南くんに私は、それまでのヒソヒソ声をやめてハッキリと大きな声で指示を出す。
「追うのよ‼」
「お、追うって!?」
「2手に分かれて、南君はあっちに、私はこの道を行くわ!」
南君に深大寺を目指すように指示して、私は植物園正門を目指して走った。
もしもこのお寺の御利益通りなら、神様は屹度カップルになるべき者同士を引き合わせてくれるはず。
◇◆◇◆◇◆
深大寺を目指して走った僕は、意外に直ぐ麻里ちゃんを見つけることができた。
というか、彼女はまるで僕が来るのを待っていたように、坂道の途中で手を振っていた。
戸惑う僕の腕に彼女は自分の腕を絡めてきて、さっきまで泣いていたのが噓のように明るく、じゃれてくる犬のように得意そうに眼を深く輝かせて僕の顔を見上げると、坂道からそれた暗い場所に連れていく。
いくら僕を信じているとしても、なんだか間違ってしまいそうなくらいドキドキする。
だって、大好きな麻里ちゃんが僕に腕を絡めて、暗い場所へって……もしかして、もしかするの??
思わずゴクリと、生唾を呑んでしまい更に焦る。
しかしその連れて行かれた場所には幾つもの蝋燭が灯り線香の香りが漂っていて、どう見ても墓地の様な場所だが肝心のお墓は見当たらない。
向かい側の柵の向こうに大きな塔のようなものもそびえ立ち、柵に掛かっている札の文字を読むと動物霊園萬霊塔と書かれてあった。
麻里ちゃんは柵の前で手を合わせたあと、振り返って話しかけてきた。
「南さん前に仰っていましたよね。わたしが人間と犬という垣根を越えているみたいだって」
たしかに動物愛護センターに行ったとき、そんな話をしたし、それ以外でも何度もそう思ったことがある。……そう、さっきも、そして今も。
「犬の言葉が分かるみたいとも仰いましたよね。……でもね、それ“正解”なんですよ」
「えっ?」
僕の口癖を真似て、僕を驚かした麻里ちゃんが子供のように得意そうに耳元で甘く悪戯っぽく囁いた。
「わたし本当は犬だったのよ」と。
その言葉は、子供の様な無邪気さとは裏腹に、まるで赤い唇の形が分かるほど妖艶だった。
変な話だけど、確かに今まで僕が不思議に感じていたことはその一言で納得いく。
一瞬まじめに考えてしまったが、ありえない!
僕は急に焦りを覚え、思わず麻里ちゃんの頭をくしゃくしゃに撫でながら笑って言った「もー麻里ちゃん、冗談が過ぎるよ」と。
さっきの男のことが気になるけれど、こうして撫で続けていると妙に焦りが消えて行き心が落ち着く。
「わたし、南さんに隠していたこと全部お話ししますわ。……あの人のことも」
急に麻里ちゃんの表情が真面目になり、僕もいつになく緊張してしまう。
そして僕たちは供養塔の階段に腰掛けて、麻里ちゃんは自分が犬だった頃の話をはじめた。
「――このお話は本当のことよ」
麻里ちゃんは、犬だった頃の事と、今でもその記憶が強く残っている事を話してくれた。
にわかには信じられないような、突飛な話だったけれど、不思議に僕の心はそれを受け止めていた。




