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***人間に生まれ変わった私***

 わたし、こう見えても朝起きるのが得意なんです。


 だいたい起きる時間にセットしたアラームが鳴る前に目が覚めます。


 目が覚めてから、おふとんの中でグズグズする事もありません。


 起き上がるとすぐにバスルームに行ってシャワーを浴びます。


 シャンプーした髪をタオルドライしながらコーヒーとトーストとサラダの用意をします。


 食べおわると、髪に軽くドライヤーを当てて乾かし、長い髪を丁寧にブラッシングします。


 こうしていると、とても気持ち良くて、むかし犬だった頃に飼い主にしてもらった懐かしい記憶が蘇ってくるの。


 私には人間に生まれ変わる前の、犬の記憶が残って居る。


 白いスピッツ犬リリーの記憶。


 だからこうして自分でブラッシングしていても、昔の飼い主さんによくブラッシングされていたことを思い出してウットリしてしまう。


 犬のころは手が不自由だから自分でブラッシングなんてできない。

 けれども今は人間だから、あの頃のように、キューティクルのケアは全部人任せと言うわけにはいかないの。


 じぶんでできる事は、チャンとじぶんでやらなくっちゃ!


 もちろん毎月美容院に行ってケアもしてもらっている。

 ほんとうは月に2回くらいは美容院に行きたいと思っているのだけれど、あまり行くとお金がかかっちゃうから自分でもチャンとする。


 そのぶん時間はかかっちゃうけれどね。


 犬だったころは、家族の人が仕事や学校に行ってしまったあとは、ズーッと暇を持て余していた。


 けれども、今は自分自身が仕事に出て行くほう。



 そうそう、言い忘れていましたが私は、今年大学を卒業したばかりの社会人一年生のOLなの。


 学生時代も感じてはいたけれど、人間って思った以上に暇がない。


 時間を好きなように使えたのは、幼稚園に入る前まで。


 幼稚園に行くようになってからあとは、決められた時間に家を出て決められた時間に家に帰るという、規則正しい生活ができるように躾けられる。


 小学校からは、いくら自主的に勉強していようがお構いなしに宿題を課せられ、中学からは部活動が始まり練習や試合などで家にいる時間がメチャクチャ少なくなってしまう。


 高校になれば、だいたいの人が中学のときよりも遠くの学校に通うようになる。

 部活や学校行事につかわれる時間は中学の時よりも増えて、更にプラスして通学時間もかかる。家に帰るという感覚は薄くなって、いろんなことで気分がムシャクシャしているときは、もはや注文の多い気の利かない旅館に戻っているみたいに思えてくることもあるくらい。


 大学からは家を離れて、学校の近くにアパートを借りたのだけれど、生活費にプラスαを求めてアルバイトに精を出してクタクタな毎日を過ごしていた。


 大学を卒業して仕事をするようになると、こんどは残業というものに時間をとられてしまう。


 しかも親からの金銭的な援助も自動で止まるので、残業なしに生活は楽にはならない。


 いままで適当にしていた貯金もチャンとしておかないと何かあった時に困るし、その何かの為に保険も入っておかなければならない。


 アパートの家賃+食費+衣服やお化粧代+保険+貯金……。


 なにもせずに自由にのんびりできる時間なんてほんとうに限られて、犬だったころには考えたこともなかった、お金のやりくりという面倒なこともふえて。あーあ、なんで人間に生まれ変わって来ちゃったんだろう。


 犬じゃなくても、猫だったら自由気ままにお散歩に出て、昼間はズーッとお昼寝して過ごしていても何の苦労もないのに。


 ブラッシングをしながら、そんなことを考えていると、鏡に映った時計が私を睨んでいた。


 あら、もうこんな時間!


 私は慌てて髪を整えてから、軽くお化粧して出勤用のベージュのチノパンに白のドレスシャツに着替える。


 それから、首輪の代わりに青色のチョークリボンを巻く。


 テーブルの上に置いていた鞄を手にとると、玄関で靴を選ぶ。


 今日はドッグランのある公園で取材があるからニューバランスの574を履いて行く。

 その前にKさん宅で打合せがあるからチャンとしたビジネスシューズを履いて行った方が無難だけど、編集者は足が命。


 現場でマゴマゴするわけにはいかない。


 私はあまり無駄遣いはしない方なのだけど、靴だけにはお金を掛けている。

 だってある国都大切でしょう?


 お気に入りのメーカーと言うのもあってホンの少しの心の贅沢なのだけど、ブランド品も持っている。

 

人間になっていいことは、いろいろなお洒落を楽しめるところかな。


 



「行ってきま~す!」





 アパートの扉を開けて表に出ると、五月の空が抜けるように青く広がり、吹く風が真新しい緑の香りを運んでくれる。おだやかに頬を撫でる風が気持ちいい。


 駅までは大通りを通るバスだと10分くらいで行けるけれど、私はいつも草花や木々が近くにある裏通りをにんびり歩いて行く。


 いわゆる、お散歩。


 住宅の庭先に植えられた草花や木々の香りが、まるで香水のように私を包む。時折、キャベツ畑からモンシロチョウが『あそんで!』と、まとわりついてくる。


 バスに乗れば10分もあれば駅に着くけれど、私はこの道を30分かけて歩いて行く。


 どんなに忙しくても、どんなに前の夜に帰りが遅かったとしても、これだけは止められない。



 何故ですって?



 だって、躾のいいワンちゃんを育てるには、お散歩は欠かせないでしょ。人間に生まれて来て分かった事なんだけど、人にとって大切なことは、自分の躾はチャンと自分でおこなわなくてはならないということ。


 犬や猫などのの他の動物たちと違って、人間はこれを怠ると、だらしなく粗悪な性格になってしまう。


 他の動物たちよりもずいぶん頭が良いように思えるけれど、心のほうは以外にそうでもなくてフラフラしているのが人間の欠点ね。

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