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***南さんと大井編集長と私***

 調布駅から深大寺行きのバスに乗っていると、麻里ちゃんを見つける前に思いがけない人物を見かけてしまう。


 丁度ドッグランを挟んだ道の反対側で、木の陰に隠れるように佇んでいたのは、麻里ちゃんを追い出した張本人であるはずの大井町編集長。

 僕は驚きのあまり窓に貼り付くようにその姿をガン見してしまい、危うくバスを降りそびれるところだった。


 編集長がいるということは屹度麻里ちゃんもいるのだと思ったが、それにしても木の幹に隠れるようにしていて様子がおかしい。


 なにか訳がありそうなのでバスを降りたあと、直ぐに編集長のもとに行った。


「大井町編集長~!」


 駆け寄りながら声を掛けると、僕の存在に驚いたのか編集長の体が少しだけ宙に浮いた。


「なっ、なによ。急に声を掛けないで頂戴! それに何度も言いますけど、私の名前は大井町じゃなくて大井よ! 失礼しちゃうわ」


「と、言うことは“おーい編集長!” と、言うことですね」


「チョッと何それ、アナタ私を馬鹿にしているの!?」


「すみません。チョットした意地悪です」


「なんで!?」


「だって、麻里ちゃんを追い出したんでしょう?」


「だから、こうしているのよ!」


「こうしている?」


 言葉はきついが何故かひそひそ話調のかすれた声で話す編集長。


 その編集長の覗いていた方向を見ると、そこにはこの前行ったドッグランの金網越しに中の犬たちを楽しそうに見つめている麻里ちゃんが居た。


 嬉しくなり手を上げて「麻里ちゃーん」と道路越しに声を掛けようとした瞬間、その口を編集長に塞がれ雑木林の中に引きづり込まれた。


「なっ、なんですか。いったい!?」


 驚いた僕に、編集長は口に伸ばした人差し指を口に当てて黙るように合図したあと、その指を麻里ちゃんのほうに向けた。


 身を乗り出して見ようとすると編集長に頭を押さえられて、隠れるように見る事になる。そういえばバスから見た編集長も、こんなヘンテコな姿勢だったなと思い出す。


 こうして隠れて麻里ちゃんを見ていると、倉橋さんが心配していたような様子は無く、いつもの……いや、いつもより更に可愛い麻里ちゃんがいた。


「なに見とれているのよ。あなたには麻里しか見えていないの!?」


 編集長に、そう言われて気が付いたが麻里ちゃんの横には何やら怪しい男が居た。


「誰ですか? あの見るからに怪しそうな男」


「失礼ね!怪しくないわ。格好良いわよ!」


「はぁ~……?」


 編集長の態度のほうが余程怪しいことに気が付き「あの男は誰ですか?」と尋ねると、いつもイベントの装飾やチラシ刷りでお世話になっている印刷会社の人だと答えたが、コソコソ盗み見しているくらいだから、それだけではあるまい。


 麻里ちゃんがドッグランを離れるときチラッと目が合ったような気がして手を振りそうになったが、隣にいる編集長に気兼ねして控えた。


「こっちに来るわ!」


 編集長にシャツの後ろを掴まれるまま強制的に後ずさりして隠れると、横断歩道を渡って僕たちの目の前を通り過ぎる麻里ちゃんが可笑しさを堪えるように口で手を隠した。


 もしかしなくても僕たちは、とっくに見つかっているの?


 麻里ちゃんの隣に並び、いま目の前を通り抜ける男の広い肩幅を見た途端、大井町編集長のいつもと違う落ち着きのない行動が理解できた。


 そう、呑気な僕にも今漸く気が付いた気持ち。


 嫉妬だ。


 二人が通り過ぎたあと、さっき引っ張った編集長が「早く!追うわよ」と言って僕を押してきたので僕も慌てて二人のあとを追った。




 ◆◇◆◇◆◇




 ベンチに腰掛けている私達を夕焼けが赤く染める。


 その炎にも似た色に助けられ、勇気を出して爽太さんに「好き」と告げる。


 おそらく真っ赤になっているはずの私の顔も爽太さんの表情の変化も、この夕焼けが搔き消してくれる。

 従順な犬だって飼い主の言うことを聞かない時だってあるし、おとなしい女が悪女になることもある。

 爽太さんの胸に顔を埋めて確りその手を握っている今の私が“それ”


 爽太さんが困ることもその理由もそして松岡麻里がそれを言ってはいけないことも知っているのに私の想いは留めることができなくて、私は顔を持ち上げて涙で濡れた瞳を見せてそっと囁くようにお願いした。


「抱いて」と。


 躊躇っていた爽太さんは私の肩を抱きよせて、胸に埋めていた頭を優しく撫でてくれる。今でも爽太さんが、私がして欲しいことが何なのか分かっていてくれることが嬉しくて、いつまでも爽太さんの胸に顔を埋めて頭をナデナデしてもらっていた。

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