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***処分室から聞こえてくる悲鳴と私***

 最後の取材は、これからダイが入ることになる保護収容棟と、今はもう使われていない処分室。


 最初に入った保護収容棟には思ったより少ない数の犬と猫がいて、みんな意外に静かにお行儀よくしていた。ここにはさっきの譲渡会に出ていた犬や猫たちはいなくて、譲渡会に出ていた犬や猫たちは別棟の訓練棟に居て躾や壊れてしまった人との信頼関係を再構築できるように訓練を受けている。


 この保護収容棟に居るのは、まだ病気やケガ、それに心のケアや基本的な躾の有無が確認される前の犬や猫たち。ここである程度ペットに戻る資質なども見られ、再びペットとして戻る訓練を受けて行く。

 そして本格的に譲渡会に向けて訓練が行われるようになると、この動物愛護センターの棟を出てNPOやボランティア法人に迎えられ、ダイのように高齢で譲渡会に向かない犬も保護収容棟で各種検査や治療を受けたのちは、ボランティアの施設で大切に見守られることになる。



 保護収容棟を見学した後は、今は使われていない処分室へと向かった。


 冷たい感じの殺風景なこの部屋は、幸いここ数年使われていない。

 檻で囲まれた広い部屋の奥にあるのが処分室で、この広い部屋は、その前室となっている。

 つまり処分される犬や猫たちは、この前室で察処分室の準備が整うのを待つわけだ。

 

 当然、学習能力の高い犬や猫たちは、この部屋に入ったはずの”戻って来なかった仲間”の匂いと次の部屋に漂う不気味な”死の匂い”を嗅ぎつけて不安になる。


 そしてペットとして飼われていた経験を持つものは、飼い主が助けに来てくれることを強く願って吠え叫ぶか、もう自分の力ではどうしようもないことを知り諦めて黙ってしまうかの二通りになる。


 決して人間たちが思っているように、何も知らないでノコノコと処分室に入って来るわけではない。


 人間も犬や猫も生まれてくる時期や場所を選べないのは一緒。

 かつて世界中で戦争が繰り返されていた時代に当たった人たちは、好むと好まざるに係わらず戦争に巻き込まれて哀しい運命をたどっていった。そして、その戦争が終わって世界の主要国で平和になった今でも、どこかで民族紛争やテロといった戦争が繰り返されている。


 犬や猫などのペットも同じで、時代が違えば戦争に合い、国が違えば或る日突然食用にされるため酷い虐待に合って殺される。


 そしてこの日本でも生まれる地域により飼い主に見放されたり迷子になったり、そして野良犬として生まれただけで殺される運命が待っている。


 誰もいない部屋に南さんが撮影しているカメラのフラッシュが光り、私の眼に犬や猫たちの最後に残した残像がフラッシュバックされる。


 その悲惨な姿を見せられていると不意に立っている足がふらついて、倒れそうになる体を支えるために冷たいコンクリート製の壁に触れたとき、彼等の断末魔の叫び声が手のひらを通じて伝わってくる。


 ここで死んでしまった犬や猫たちは、その死の直前……いや断末魔の苦しみの中にあっても飼い主に助けを乞い、迎えに来てくれることを疑いもせずに死んでいったのだ。


 そして彼らの思いは、彼らを捨てた飼い主に届くことはない。


 そう思うと、急に目眩がして倒れそうになった。

 体の力が抜けてしまい、部屋の景色が歪んだままグルグルと周る。

 力なく徐々に傾いて行く私の体を、異変に気が付いた南さんが、たくましい腕で支えてくれた。


 南さんの暖かな優しさと体温がシャツを通して伝わってきて、昔犬だった頃によく抱っこされ可愛がられた感覚を思い出す。


 そう。爽太さんに抱っこしてもらっていた頃の、身も心も温まる懐かしい思い出。


 南さんの温かい腕に支えられ、いままで抑えていた感情が一気に噴出してしまい、頬から涙が止めどなく溢れた。


 私は暫くそこから動けずに、南さんの大きくて暖かい胸に顔を埋めて抱かれたまま泣いていた。




 ◆◇◆◇◆◇




「ただいま帰りましたぁ」


 編集部にいつもどおりの麻里の明るい声が響く。


「おかえり!」

「お疲れ様」


 既に戻っていたスタッフがにこやか返事を返す。


 一日中心配していた里美が、デスクに居る私のほうに振り返って微笑んだので私も微笑み返し、麻里に「おかえり」と言う。


 直ぐに里美が私の耳元まできて「元気そうでホッとしたわ」と囁いたので「そうね」と返す。


 里美は直ぐに麻里の机に行き今日の取材の様子を聞いていて、麻里も楽しそうに答えている。


 だけど南君は未だドアのところにヌーボーっと立ったまま、明るく振る舞っている麻里を見ていた。


 ”やはり何かあったに違いない”


「南くん、チョッと良いかしら」


「あっ、はい大井町編集長、なんですか?」


「だから、大井町じゃなくて、大井町子でしょ! 変なところで勝手に切らないで頂戴」


「すみません」


 私はカメラマンの南君を廊下にさそい、取材中の麻里の様子を聞いた。

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