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 ――時は少し戻り、ヒロキが川で巨大な魚と遭遇した頃。


 ヒロキが遭遇した魚はただの魚ではなかった。

 その名はキング・モーサン。百年以上前から、この川の主として君臨する魚型モンスターであった。


 キング・モーサンは上流にある自分の棲家からほとんど動かない。

 移動するのは餌を求めて川を下るときくらいで、その頻度は月に一度くらいだ。

 そして、幸か不幸か、ヒロキがやってきたこの日こそ、まさにその日であった。


 棲家を出たキング・モーサンは、いつものように川を静かに下る。

 いつもと同じ辺りまでやってきたキング・モーサンは魔法を発動させる。


 擬似海嘯――川の流れを操る魔法だ。


 この魔法に寄って生じた大波とともに、キング・モーサンは川を遡る。

 ヒロキが目撃した大波は自然現象ではなく、キング・モーサンの魔法によるものだったのだ。


 大波に巻き込まれた獲物が、次々とキング・モーサンの胃袋におさまっていく。

 体長1メートルくらいの魚や魔物であれば、キング・モーサンは軽く丸呑みしてしまう。

 岩なども巻き込んで食べてしまうが、頑丈なキング・モーサンの消化器官の前ではお構いなしだ。


 傍から見れば大災害といえる規模であるが、キング・モーサンにとっていはいつもの食事風景に過ぎない。

 今日もいつものように、我が物顔で食欲を満たしていくキング・モーサンだった。


 いつもと同じ、単なる捕食行為。

 しかし、ひとつだけ違いがあった。

 小さな違いではあるが、キング・モーサンにとっては大きな過ち。

 これがどういう結果をもたらすのか、食事に夢中なキング・モーサンは知る由もなかった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 やがて食事を終えたキング・モーサンはその重い腹を引きずるように、ゆっくりと棲家へと帰還していった。

 キング・モーサンはたどり着いた寝床で、その巨体を休める。


 キング・モーサンの棲家はただの寝床ではない。

 そこは魔力溜まり(マナスポット)であった。


 この世界には地脈と呼ばれる、大地を走る魔力マナエネルギーの流れ道が存在する。

 その地脈に点々と存在する魔力溜まり(マナスポット)には膨大な

魔力マナエネルギーが蓄えられている。

 キング・モーサンは強力な魔法を発動させるために、魔力溜まり(マナスポット)にじっと身体を横たえ、魔力マナを蓄えるのだ。


 今日も満腹になって機嫌よく横になるキング・モーサン。

 異変が起こったのは、夜中になってからだった。

 普段なら順調に消化が行われている胃袋の中、その中にひとつの異物が紛れ込んでいたのだ。


 突如、味わったことがない腹部の激痛がキング・モーサンを襲う。


 ――ギイィィィィィイイイイイ。


 キング・モーサンは痛みに唸り声を上げた。

 あまりの痛みにじっとしていることができず、もんどり打ってその巨体を川底にぶつけまくる。

 痛みの原因は腹の中の異物――ヒロキが落としたスマホだった。


 胃液がスマホを溶かすたび、キング・モーサンの身体にとって有害な液体が発生し、その液体が胃壁を傷つける。

 キング・モーサンにとってそれは、耐え難い痛みであった。

 何度も身体を川底にぶつけるキング・モーサン。

 そこが普通の川底であれば、川底がえぐれるだけで済んだだろう。

 しかし、そこは魔力溜まり(マナスポット)であった。

 魔物であるキング・モーサンがその巨躯をぶつける度に、魔力溜まり(マナスポット)に溜まった魔力マナが活性化する。


 キング・モーサンは腹内の異物をなんとか吐き出そうと試みた。

 しかし、皮肉なことに、キング・モーサンの食堂には幾つもの弁が内側に向けて備えられていた。

 入り口から内部に向かって傾いた弁――それは生きたまま丸呑みにされた獲物を逃さないための仕組みだ。

 その仕組みが今回ばかりは仇となった。

 スマホを吐き出そうと必死になっても、スマホは弁に引っかかってしまい、なかなか口までたどり着かない。

 そして、その度に、自ら生み出した有害液がキング・モーサンの食道を灼いていく。


 何度目であろうか、キング・モーサンが身体を激しく川底にぶつけた。

 それによって、ついに限界が訪れた。

 魔力溜まり(マナスポット)内で暴れるように活性化し、暴発寸前になっていた魔力マナがついに耐え切れず、魔力溜まり(マナスポット)から射出されたのだ。

 射出された魔力マナの弾丸は、地脈の中を押し広げるように物凄い勢いで走っていく。

 地脈のたどり着く先は、火山内部にある魔力溜まり(マナスポット)だ。

 魔力マナの弾丸は高速でそこに打ち込まれる。

 その衝撃で甚大で、休火山を噴火させるほどのエネルギーを持っていた。

 噴火の衝撃が一体に広がり、夜の空を真っ赤に染め上げた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 トータスの街の北側、ノーケルヴォ山の中腹――そこには地上最強の生物と名高いドラゴンの住処コロニーがあった。

 その夜、数十体のドラゴンは深い眠りについていた。

 そんなドラゴンたちに悲劇が襲いかかる。


 ノーケルヴォ山が、前触れもなく噴火したのだ。

 火口からマグマが上がり、溶岩が山肌を流れ、火山弾が高速で飛んでくる。

 さすがのドラゴンであっても、自然現象の脅威の前には成すすべがなかった。

 自分の巨体に匹敵するサイズの燃える岩石が時速100キロ超えで飛んでくるのだ。

 火山弾が命中したドラゴンは次から次へと命を落としていく。


 この晩、ノーケルヴォ山のドラゴン住処コロニーは壊滅した――。


 同時刻。

 ヒロキを激しい痛みが襲う。

 レベルアップの痛みだ。


 この世界では、戦闘の終了と同時に、経験値が入るようにできている。

 そして、ヒロキがスマホを落としたところから、火山弾でドラゴンたちが死滅するまでの一連を、この世界はひとつの戦闘とみなしたのだ。

 この世界はヒロキが意図したかどうかは考慮に入れなかった。

 ヒロキが持っていたアイテムでキング・モーサンにダメージが入った以上、それはヒロキによる攻撃とみなしたのだ。

 そして、その攻撃の副産物として、マナの暴走が起き、火山は噴火し、ドラゴンは死に絶えた。

 これらはすべて、ヒロキの攻撃である。

 そう、世界はみなしたのだ。

 故に、ドラゴンを倒した経験値はすべてヒロキに流れ込む。


 地上最強の生物であるドラゴン数十体分の経験値によるレベルアップ。

 それを一度に受け入れることになったヒロキを襲った痛みは、かつて何人なんぴとたりとも味わったことがない激しいものだった。

 痛みにのたうちまわり、やがて意識を手放したヒロキ。

 自分の身になにが起こったのかわからないまま、彼は朝を迎える――。

次回、最終話です。

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