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「ふううううううう」
危ない危ない。
あやうく、大変な目に会うところだった。
大波の余波を被って濡れ鼠になった俺だったけど、怪我することもなく、なんとか無事を得た。
つーか、凄かったな。さすがは異世界だ。
あの大波の正体は、巨大なサケみたいな魚だった。
体長は多分5メートルくらい。
ちょうどあの辺りがヤツの狩場だったのか、あそこら辺で何度もグルグルと周り、波で押し上げられた魚たちを丸呑みにしていた。
五分ほどもそんな蹂躙劇を繰り広げた後、巨大サケはそのまま上流の方へ去って行った。
そんな異世界ならではの光景を俺は少し離れた場所から眺めていた。
せっかくだったから、スマホで写真取っておけばよかったな。
あん時は呆然として、そこまでの余裕がなかった。
落ち着いてみると、なんか損した気分だ。
今度からシャッターチャンスは逃さないようにしよう。
まあ、さすがに、戦闘中にスマホ構えたりはできないけどな。
いつまでバッテリーが持つかわからないけど、転移者はいっぱいいるようだし、誰か発明してるだろ。
そう思ったところで、俺は焦った――。
「つーか、全身びしょ濡れだけど、大丈夫か、俺のスマホ…………えっ!?!?」
ナイ。
ナイナイナイ。
ナイナイナイナイナイナイ。
何度確認しても、やっぱりない。
ズボンのポケットに入れておいたはずのスマホがない……………………。
「あの時落としちゃったのか…………」
巨大サケの出現に驚いてコケた時のことを思い出す。
あの時オレは迂闊にもズボンのポケットにスマホを入れっぱなしだった。
きっとコケた拍子にスマホを川の中に落としてしまったのだろう。
……………………どうしよう。
スマホはこの世界では入手不可能な貴重なものだ。
できれば、探しに戻りたいところだけど…………。
日はすでに暮れ始めている。
この暗い中、明かりもなしに川に入ってスマホを探しまわるのは、あまりにも危険過ぎる。
諦めるのは非常に心苦しいが、背に腹は替えられない。
オレは泣く泣くスマホを諦めることにした。
幸運なことに街への帰り道は把握している。
このまま川沿いを下って、ぶつかった街道を歩けばいいだけだ。
距離的に今から街に戻れば、日暮れ前には到着できるだろう。
オレはしょんぼりと落ち込んだまま、街へと急いだ――。
◇◆◇◆◇◆◇
帰り道は何事もなく、無事にトータスの街へと戻ることができた。
日はすでに暮れ、家々に明かりが灯っている。
魔石を用いた蛍光灯のような明かりだ。
魔石灯の明かりのおかげで、街は昼間とは違った活気に包まれていた。
できることなら、今日のうちにギルドに寄って、魔石の交換とかしたかったんだけど、今はそんな気力は残っていない。
通りで騒ぐ酔っぱらいを尻目に、オレは一路、トボトボと宿を目指した。
ちなみに俺が予約してある宿はディーン商会の息がかかった宿ではない。
ディーンさんは当然のごとく、この街で一番高い宿を勧めてきた。しかも、無料でいいからって。
せっかくのお誘いだったけど、俺はそれを断ることにした。
理由はふたつ。
せっかく冒険者をやっていくんだから、いきなり最高級ホテルに泊まるよりも、冒険者御用達の宿に泊まってみたい、というのがひとつ目の理由。
もうひとつは、ディーン商会以外にも繋がりを作っておきたいからだ。
ディーン商会がすぐに俺と敵対することはまずないだろう。
しかし、もしディーン商会とトラブった時の保険として頼れる第三者を確保しておくべきだろう。
俺は社畜経験で「クライアントは簡単にこっちを切り捨てる」ということを学んだんだ。
だから、保険はかけておくにこしたことはない。
そういうわけで、俺は冒険者ギルドで紹介してもらった宿へと向かった。
「おかえりなさいませ、ヒロキ様」
疲れとスマホを失くしたショックで凹んでいたオレを出迎えてくれたのは、弾けるような笑顔を咲かせた女の子だった。
冒険に行く前にチェックインしたとき、カウンターに座っていたのはでっぷりと太っ、もとい、貫禄のある女将さんだった。
「あれっ、君は?」
「リリカですっ。 当店の看板娘のリリカですっ!」
やる気にあふれた新卒一年目の営業みたいに前のめり気味の自己紹介が返ってきた。
しかも、自分で看板娘って言っちゃってるし。
たしかに、その名に恥じない可愛い女の子だ。
元気いっぱいで、エネルギーがあふれていて、こっちまで元気になっちゃうくらい。
おかげで凹んでいた俺も少しだけ調子を取り戻すことができた。
「ヒロキ様、食事にいたしますか? それとも、先にシャワーを浴びてからにしますか?」
「あー、じゃあ、先にシャワー浴びちゃおうかな」
「はい、分かりました。シャワーの使い方はご存知ですか?」
「あー、分かんないな」
「では、お教えいたしますね」
俺がとった部屋はシャワーが備え付けてある。
この宿で一番高い部屋だからね。
なんでも水と火の魔石を使ったシャワーで、微量の魔力を流せば使うことができる。
リリカは懇切丁寧に使い方を説明してくれた。
「ありがと、助かったよ」
「いえいえ、これも仕事ですので」
リリカのおかげでシャワーの使い方も把握できた。
思っていたより簡単だった。
水量や湯温の調節も「もう少し強め」とか「あとちょっと暖かく」とかイメージしながら魔力を流すだけで、地球のそれと遜色ない使い勝手だ。
「よろしければ、お背中を流しましょうか?」
「いっ、いやっ、だっ、大丈夫だよ」
自分よりひと回り近く年下――日本だったらJKくらい――の女の子に背中を流してもらうとか、元の世界だったら通報案件だ。
こっちの世界の法律がどうなっているかわからないけど、俺の倫理感的にアウトだ。
それになにより恥ずかしすぎる。
テンパった俺はどもりながらも、なんとか断ることにした。
「それでは、ごゆっくりとおくつろぎ下さい」
俺が断ると、リリカはあっさりと引き下がった。
断られたのに、それを気にした様子もなく、営業用とは思えないニッコリ笑顔を残したまま、リリカは部屋を出て行った――。