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本日2話目です。

「ふう」


 大きな木の根元に倒れ込むように座り込み、大きく息を吐いた。


――ここまで来れば、もう大丈夫だろ。


 額に垂れる汗を拭う。

 背負袋から取り出した水袋を一気にあおる。

 水はすっかりヌルくなっていたけど、それでも全身に染み渡り心地よい。

 徹夜続きの残業中に飲むエナドリの命を削るような不健康な味とは対極の、まさに生きていることを実感させる美味しさだ。


 そうだよな。

 俺は生きてるんだ。


 俺は2つの意味で生を実感していた。

 ひとつ目はそのまま。ゴブリンに追われ、死んでもおかしくない状況から脱出できたこと。

 そして、ふたつ目はゴブリンとの命のやり取りを通じて、自分が生きているんだとあらためて実感したこと。

 あっちの世界で他人のためにキーボードを叩いている生活では決して感じることができない充実感。

 「これこそが、生きていることだ」という実感を、全身で感じることができた。


 結局、俺はゴブリンの包囲網を抜け出してから、命懸けの追いかけっこを数十分もの間、繰り広げるハメになった。

 その甲斐もあって、ようやくゴブリンどもを撒くことができたようだ。


 荒かった息もようやく収まってきて、立ち上がろうとしたところで――全身をニブい痛みが襲った。

 全身の骨や関節がメキメキときしみ、筋肉という筋肉が引き伸ばされる苦痛。


 理解不能の現象に、一瞬、パニックになる。


「うううううううううううぅっっぅぅうう」


 痛みに耐え、うめく俺。

 足はバランスを崩し、地べたをのたうち回る。


 そんな状態が数十秒続き――唐突に全身の痛みは消え去った。


「はあはあはあはあはあ」


 息は荒いが、痛みは嘘のようになくなっている。

 むしろ、痛みが襲う前よりも身体は軽いくらいだ。


「何だったんだよ、一体…………あっ!」


 そこで俺はようやくこの現象がなになのかに思い至った。


 ――レベルアップだ。


 受付のお姉さんから説明があった。

 一定数のモンスターを倒して、経験値が貯まればレベルアップすると。

 そして、その際には身体を作り変えるような痛みを伴うと。

 その分、確実に身体は強く成長すると。


 さっそく、ステータスを確認してみる。

 念じてみると頭の中にステータスが浮かび上がる。


□□□□□□□□


 名前:ヒロキ・サトウ

 種族:人間(異世界人)

 年齢:17

 レベル:1→2


 HP:30→32

 MP:20→21

 ATK:5→6

 DEF:4→4

 AGI:4→5

 INT:3→3


 EXP:32

 SP:0→1

 スキル:なし


□□□□□□□□


 たしかにレベルは2に上がっている。

 それに伴い、微妙にではあるが、HPなどのパラメータも上昇している。

 そして、なにより、SPスキルポイントが1もらえた。


 よっしゃああああ、これで俺もスキルを覚えられる!

 まあ、実際には街の教会に行かなきゃいけないから後回しだ。

 だけど、それでも夢が広がる。だって、俺でも魔法とか使えるようになるんだよ?

 テンション上がるっしょ。


 それにしても、EXP32か。

 ゴブリンは1匹辺り1EXPだったし、その前に14匹倒していたから、あの乱戦だけで18匹ものゴブリンを倒したことになる。

 無我夢中だったから、何匹倒したのかとか、数える余裕は全くなかったけど、そんなにいっぱい倒してたのか……。

 魔石を回収できなかったのはもったいないけど、命には替えられないしな。


 そして、気になったのは、このタイミングでレベルアップしたことだ。

 どうやら、モンスターを倒したタイミングで経験値が入るんじゃなくて、戦闘が終了したタイミングで入るみたいだな。

 誰が戦闘終了時を判断しているのか、気になるけど、そもそも、ステータスとかある不思議世界なんだから、気にしたら負けなんだろう。


 まあ、でも、レベルアップ時にあの苦痛を味わうことを考えたら、戦闘終了後で助かったわ。

 戦闘中にアレが襲ってきたら、間違いなく死ぬからね。


「さあて、帰るか」


 当初の目的は予定以上に果たしたし、死ぬかもしれんという貴重体験も一回済ませた。これ以上、寿命が縮む思いは勘弁だ。

 とっとと街に帰ろう。


 街?

 帰る?


 街ってどっちだっけ……。


 …………………………………………。


 迷子じゃないよ?


 ちょっと、今いる場所と帰る方向がわからなくなってるだけだよ。

 迷子じゃないからねっ!


 …………………………………………。


 うん。完全に迷子だ。


 でも、大丈夫、俺にはコレがあるッ!


 俺は背負い袋をガサゴソと漁る。

 目当ての品はすぐに見つかった。


「じゃーーーーーん。スマートフォーーーーーン!!!!!」


 某ネコ型ロボットのひみつ道具みたいに、スマホを高らかに掲げる。

 戦闘の余韻か、未だにちょっとテンション高い俺だった。


 森に入る前に確認したんだけど、ちゃんと使えたんだよねスマホ。

 Web見たり、メールしたりはできなかったんだけど。

 なぜか地図アプリは使えたんだよね。


 ということで俺は地図アプリを起動。


「ふむふむ、現在地がここで、森に入った場所がここで、えーと、街はこっちの方向か」


 GPSなのか、なんなのか知らないけど、ちゃんと現在地が表示されるのは非常にありがたい。

 おかげで、問題なく街に帰れそうだ。


 ゴブリンに追い掛け回されたせいで、ちょっと森の奥深くまで入り込んでしまったけど、なんとか日が落ちきる前には街に辿り着けそうだ。


「こっちに行けば、大きな川に当たるから、それを下っていけば街道にぶち当たると」


 オレが入った森の入り口よりも街から離れた場所ではあるが、川沿いに進めば街道に出ることができる。


 ということで早速その川を目指すことにした俺。

 その理由は、森の中を進むより分かりやすいし歩きやすいからってのがひとつ。

 もうひとつは――。


 しばらく歩いて日も傾き始めた来た頃、俺は目的の川についた。

 広い川だ。

 対岸まで泳いで渡るのを断念させるくらいの川幅。

 流れは結構早く、水は綺麗に澄んでいる。


「これこれこれこれ」


 俺が求めていたのは、この綺麗な水だ。

 さっき革袋に詰めてた水を飲んだけど、やっぱり運動の後はキンキンに冷えた水をがぶ飲みしたいよね。

 俺は周囲を見渡しモンスターが居ないことを確認。

 ズボンのポケットにスマホを仕舞い、背負袋からタオルと水袋を取り出す。

 本当は裸足になって、川の水の冷たさを堪能したいところだけど、いつまたゴブリンが現れるか分からない。

 そこまでは油断できないので、泣く泣く諦めた。


 まずはタオルを水面につける。

 やはり、手を刺すような冷たさだ。

 ぎゅっと絞ったタオルで顔を拭く。

 うん、むちゃくちゃ気持ちいい。

 長時間PCに向かった後のホットタオルも最高だけど、汗を流した後はやっぱり冷たいタオルだよな。


 続いては、水袋を川に突っ込む。

 そして、こぼれ落ちる水も気にせず、俺は一気にあおった。

 喉を駆け下りていく清流。

 細胞の隅々まで清涼感が広がっていく。


「うめえええええええ」


 今まで生きてきた中で一番美味い水だった。


「ふう」


 一息ついて、帰り支度を始めようと思ったところ――。


 ――ドドドドドドドドドドドドド。


 下流の方から、ものすごい音が聞こえてくる。

 なにごとかと、俺は顔を上げて驚愕した。


「なんだよだアレッ!?!?!?」


 川幅いっぱいの大きな波が、爆音を立てて逆流してくる。

 海嘯かいしょうか?

 アマゾン川のポロロッカは高さ5メートルで時速65キロメートル。

 ネットで動画を観たとき、その大きさと速さに驚嘆し感動したけど、この波もそれに引けを取らない。

 ものすごい勢いで、巨大な水の壁が迫ってくる。

 目の当たりにすると、その迫力は言葉であらわせないほどの圧倒だった。


 そして、その中央には俺の身体の何倍もありそうな巨大な魚――。


「魚? いや、モンスターか?」


 どうやら、そいつが元凶のようだ。

 そいつが川を遡る勢いで波が発生してるんだ。

 のんびりしてるヒマはない。

 このまま、ここにいたら、俺まで巻き添えを喰ってしまう。


 迫り来る大波。俺は慌てて退避しようとして、ツルンと足を滑らせてしまう。


「うわああああ」


 その場に尻もちをつき、押し寄せる大波とモンスターが迫ってくる姿に恐れを感じる。

 慌てて立ち上がり、背負袋をひっつかんだ俺は、一目散に岸辺から逃げ出した――。

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