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森の中は俺が想像していた以上に薄暗く、意気込んで入った俺を結構ビビらせた。
「うわー、これ、こえー」
俺は恐る恐るといった感じで森の中を進んで行った。
日本の都会で生きていれば、人の手が入っていない場所を訪れる機会はほとんどない。
だけど、ここは違った。
まさに、自然だ。
人の領域ではなく、野生動物の領域だ。
しかも、人を襲うモンスターまで生息している。
森に入ってから、俺の危機感知センサーがビンビンに警鐘を鳴らしている――気がするけど、単に俺がビビりなだけかもしれない。
そういえば、この感覚、若い頃に廃屋で肝試しをやったときに感じたのと似ている。
なんでも数十年前にそこに住んでた親子四人で一家心中した屋敷だそうで、その後手つかずで放置されたままの廃屋。
そこには夜な夜な幽霊が出るって噂だった。
そんな場所で「一人ずつ順番に二階の一番奥の部屋に行って印を置いてくる」っていうルールで肝試しをやったんだけど、ドキドキはしたものの結局、なにも起こらなかった。
うん、やっぱり、俺の危機感知センサーはへっぽこだ。
――などと過去に思いを馳せながらゆっくりと歩みを進めていると、
「うおっ!?」
いきなり右手前の茂みがガサゴソと音を立て、チキンハートな俺は本気でビビった。心臓止まりそうになる。
そのまま固まって物音に身構えていると、茂みからなにかが飛び出てくる――リスみたいな小動物だった。
「ふう。びびらせんなよー」と気を取り直して、探索を再開。
しばらく警戒しながらも、薬草を探しつつ進んでいった。
その後30分ほどかけて、薬草を採取した。
やってみて分かったことが2つ。
ひとつ目。薬草は結構いっぱい生えている。
俺が今集めている薬草は、擦り傷や打ち身に効く程度の一番安いボーションの素材だ。
ちなみにポーション1つ作るのに10株必要(他にも魔石やら聖水やらも必要)。
そして、そのポーションの市場価格は3,000ゴル。
それに対して、薬草1株のギルド買取価格はたったの10ゴル。
俺が集めたのは24株なので、全部で240ゴル!
30分も頑張ったのに、ギルド近くの広場の屋台で1本300ゴルで売ってた美味しそうな串焼きすら買えねえええ。
さすがはニュービーの俺でも受けられる最下級の常設クエストだけある。
まさに、子どものおつかいレベル。
でも、地球にいた時の俺の給料だって時給換算したら…………止めよう。
ほんと、サービス残業ってなんなんだよっ!
鬼かっ! 畜生かっ!
はい、そうですよ。立派な社畜でしたよっ!!!
そして、ふたつ目。
薬草摘みは腰にくる。
中腰気味で地面に視線を向かたまま、キョロキョロと探さなきゃいけないし、いざ見つけたら、腰を曲げて薬草を傷つけないように慎重に根っこを残してカットしなきゃいけない。
おかげで腰がピキピキ行ってる。
いくら若返ったとはいえ、運動不足だった俺には中々ハードな肉体労働だった。
――疲れたし、飽きてきたし、そろそろ帰ろうかな〜。
と悪魔の囁きに従って撤収しかけたけど、俺はそこで思いとどまった。
いかんいかん。
俺はこっちの世界でもう一度やり直すって決めたじゃないか。
冒険者という職業はいうならば、自由裁量制だ。
基本的に自分で仕事も選べるし、どれだけ働くかも自分で決められる。
あっちの世界の「いつでも帰っていいよ、それ終わったらね」の嘘っぱちな自由とは違うんだ。
楽しようと思えば、ディーンさんのヒモ状態でいくらでも楽はできる。
でも、そうせずに、自分の力で冒険者としてやっていくって決めたじゃないか!
ちょっと腰が痛いくらいで初日から投げ出したらダメだろ。
そもそも、まだゴブリンと出会ってすらいないじゃないか。
ちゃんと、最初に立てた目標どおり「薬草50株、ゴブリン3体」をこなしてから帰ろう。
――よしっ、まずは薬草30株。そしたら、ゴブリンを1,2匹倒したら帰ろう。
俺は気持ちを入れ直した。目標が若干ディスカウントされている気もするが、誤差だからキニスンナ。こっちは疲れてるんだよっ!
その後、順調に薬草を集め、いよいよ目標の30株目を発見。
ちなみに、この間、何度か小動物は見かけたが、ゴブリン含めモンスターとは一度も遭遇しなかった。
俺は薬草のそばにしゃがみ込み、そっとナイフを近づける。
そのとき、後ろの茂みがガサゴソと揺れた。
「 へへっ。もうその手は食わないもんね。ビビらせようったってムダだよー。どうせかわいい子リスちゃんなんでしょ?」
すっかり慣れきった俺は警戒もせずに、茂みに背を向けたまま薬草採取を続ける。
「グギギギギィィィィイ」
「うおっ!?」
突然聞こえてきた唸り声に、俺は慌てて後ろを振り向く。
そこに現れたのは、体長120センチほどの緑色の人型――ゴブリンだ。
ゴブリンは腰に薄汚れた布をまとい、錆びついた短剣を片手に下げ、口元から涎を垂らしながら、血走った目で俺を睨みつけている。
「いえーい、初村人ならぬ初ゴブリンと遭遇〜」などとフザケることもできず、ビビった俺はその場に尻もちをついてしまった。
「ギャアアアアァァァァアアア」
ゴブリンはこの隙を見逃してくれないようだ。
雄叫びを上げながら、こちらに駆け寄ってくる。
尻餅をついたままの俺。
ショートソードと背負袋は、少し離れたとこに置いてある。
手に持っていた採取用のナイフも、動揺して取り落としてしまった。
ヤバい、どうしよう……。
焦る俺に構わず、ゴブリンは俺に接近し――振りかぶった短刀を俺の脳天めがけて勢いよく振り下ろす。
頭部を両腕で守り、思わず目を閉じてしまう。それが俺にできた精一杯の対応だった。
――ボキッ。
腕にかかる衝撃となにかが折れるような鈍い音。
俺が目を開けると、ビックリしたような顔をしているゴブリン。
その手には、半ばで折れて短くなった短剣。
ハッとした俺は、すぐさまショートソードを拾い、鞘を投げ捨てる。
「驚かせるんじゃねえよ〜〜〜〜〜」
呆気にとられているゴブリンに袈裟懸けに斬りかかった。
ディーンのおっさんの言葉通り、バターを切り裂くように、なんの手応えもなく、俺の一撃はゴブリンを真っ二つに切り裂いた。
まだ心臓がバクバク言っている。
恐怖と怒りと興奮が入り混じったまま、すでに物言わぬ躯と化したゴブリンに向かって、俺は二度三度と剣を打ち下ろした。
「はあ……はあ……はあ……ビビらせやがって」
俺によって肉片にされたゴブリンは、しばらく時間が経つと煙のように消え失せた。
飛び散っていたゴブリンの体液も綺麗サッパリ消失する。
そして、その場にコロンと転がる灰色の石。
「これがゴブリンの魔石か。よし、ゴブリン討伐完了っと」
俺はゴブリンの魔石を拾って魔石入れに持ってきた小袋に入れる。
「それにしてもディーン印はすげえな。おっさんが太鼓判を捺すだけはあるわ」
剣はゴブリンをスパスパ切り裂くし、革の手甲はゴブリンの剣撃を防ぐどころか、剣をボキッと折っちゃうほどだ。
少し、衝撃があったくらいで、俺にはノーダメージだし、手甲にも傷ひとつない。例えるなら、水風船をぶつけられたくらいの衝撃だった。
異世界に来て初戦闘を終えた俺。
最初はビビったけど、結果を見れば文句なしの圧勝。
俺でも十分に余裕を持って戦えることが分かった。
もうちょっとゴブリンを狩りたい。
さっきビビらされたお返しがしたい。
やり残していた薬草採取を済ませた俺は、その場を後にし、さらに森の奥を目指した――。
続きはまた明日。
明日は2話投稿します。