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 残業を片付けて終電に乗り込み、俺は空いている席に座りこんだ。

 メタボな俺は1.5人分の座席を占拠するが、疲れきって限界だから、他人を気遣っている余裕なんかない。

 途端、襲ってきた猛烈な眠気に耐え切れなかった俺は、すぐさま意識を手放した。

 そして――目が覚めたら、そこは、異世界だった。


 どうやら、俺はテンプレな異世界転移モノの主人公になってしまったようだ。

 ちなみに、持ち物は着ていたスーツとポケットに入っていたスマホ、財布、カギ、ハンカチだけ。カバンは地球に置いてきてしまったようだ。

 幸運なことに、俺が転移してきた場所は大きな街道沿いだったようで、遠くの方に街らしきものが見える。


 街とは反対側を見ると、十数台の馬車からなる一団がこっちに向かって来る。

 彼らが近づいてきて分かったことがいくつかある。

 どうやら商隊の一団のようで、色々な荷物を積んだ荷馬車が12台。

 そして、荷馬車を取り囲むように武装した護衛が20人くらいついている。

 さらに、馬車を引いているのは馬ではなく、小さな恐竜みたいな六足歩行の生き物だった!


 商隊の一団は俺がつっ立っている場所から少し離れたところで停止し、先頭の馬車から降りてきたおっさんが護衛を二人つれて、こちらに歩いてくる。


 やたらとでっぷりとしたおっさんだ。

 あれか、太ってるのは裕福な証でステータスっていう定番のやつなのかな?

 だったら、俺も中々な裕福っぷりだぞ…………って、あれ?

 俺、メタボじゃないじゃん!

 動転していたのか、今まで気づかなかったけど、学生時代のスリム体型になっているし、気持ちも若返ったかのようにフレッシュな気分だし、そしてなによりも、フサフサだ(ここ重要!)。


「やあ、貴方はよその世界から来た人間ですね?」


 にこやかに話しかけてきたおっさんは、中々に身なりの良い服装をしていた。

 やっぱり、金持ちみたいだ。この世界の文化レベルがまだわからんけど。


 さて、どう答えてみたものか?

 一瞬考えてはみたものの、一言目から断定されてるんだから、しらばっくれたところで、ロクなことはないだろう。

 俺が否定したところで、「あっ、そう。じゃあ、がんばって」ってスルーされたら、これからどうすればいいか分かんない。それに嘘ついてバレたら、印象は最悪だ。


 だったら、媚び売って印象を良くするのがなによりだ。おっさん金持ってそうだし……。

 大丈夫。社畜時代で、媚の売り方も、尻尾の振り方もばっちり身に付いている。

 知ってるか、日本でサラリーマンやってくには、この2つは必須スキルなんだぜ。


「いやあ、よくわかりましたねえ。いきなり、この世界に放り出されて、困っていたんですよ。かなり裕福なお方とお見受けしましたが、この度は助けていただいて、本当にありがとうございました」


 どうだ、地球仕込みの、この見事なワザ。

 ちゃんと、最初に褒めておだてておいて、そっからの一撃。

 おっさんは俺に声をかけただけなのに、いつの間にか俺を助けたことになってるのだ。

 こう言われたら、「俺のことを助けてあげなきゃ」ってなるのが人情ってもんよ。


 だがしかし、おっさんは、


「はっはっは。なかなか面白い方ですな」


 と大きく口を開けて笑ってる。


 あれっ?

 あんま通じていない?


 俺の予定では、同情やら、憐憫やら、そういった反応が帰ってくるはずだったのに、おっさんは嬉しそうに笑っているだけだ。

 まさか、俺の渾身の演技が通じないとは……。


 そうだ。よく考えてみれば、こういった異世界転移モノでは中世ヨーロッパ風の世界に飛ばされるのがテンプレだ。

 ひと言でいえば、文明が劣っている世界なのだが、そうすると、法整備も遅れているわけで、そんな世界で大商人やってそうなこのおっさんにとっては、腹芸なんてそれこそオハコだろう。

 一介の社畜リーマンの俺が通用する相手じゃない。

 焦る俺をよそに、おっさんは丁寧な挨拶をしてきた。


「私はディーン商会の会頭をしております、ギラン・ディーンと申す者です。以後、よろしくお願いします」

「こっ、これは、失礼を。遅ればせながら、私は佐藤博樹さとうひろきと申します。姓がサトウ、名がヒロキです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 やばっ、異世界に来て浮かれてて、ちょっと調子に乗っちゃったかな。俺の下手な芝居はバレバレだったようだ。

 そう思い、慌てて俺もマジメに挨拶を返す。

 どうやら、ディーンのおっさんはあまり気にしていないようで安心した。


「立ち話もなんでしょう。よろしければ、竜車の中でお話でもいかかでしょうか」


 物腰柔らかなディーンさんにうながされ、俺も竜車(馬車じゃないのね。やっぱあの六つ足はドラゴンなのね)に乗り込む。

 俺たちが乗り込んだのは他の竜車と変わらないものだった。

 俺のイメージだと、偉い人は立派な乗り物に乗っているもんだとばかり思っていた。ウチの会社のオエライさん方もそうだったし。

 しかし、俺の考えはディーンさんに一蹴された。


「そんなことをすれば、盗賊にそこを狙ってくれと言ってるようなもんですよ」

「へえ〜、なるほど」


 やっぱ、盗賊とか出てくる治安悪い世界なわけね。

 と俺が感心していると、ディーンさんが続けて、


「それに、輸送用の竜車にお金をかけるのは贅沢なだけです。お金はちゃんと返ってくるところに投資しないといけませんよ」


 さすがは商売人、しっかりしているね。

 なんでも、貴族と会ったりなどで箔が必要なとき用の豪華な竜車は別に持っているけど、輸送用にそんなのは使わないそうだ。


「さて、落ち着いたところで、今後の話をしたいのですが」

「はっ、はい」


 ディーンさんが商談モードに切り替えてきた。


「ヒロキさんは日本からいらっしゃったのですか?」

「えっ!? あっ、はい。日本を知ってるんですか?」

「ええ。存じております。今までも異世界から転移してきた方々はたくさんおりますし、それに、転移者のほとんどは日本人ですからね」

「へー、そうなんですか」


 だから、不審者扱いされなかったのか。

 それに、先行者がいるとなると、気が楽だなあ。

 異世界でひとりぼっちじゃなくて、ホントよかった。


「ヒロキさんはサラリーマンをしてたのですね?」

「あっ、それもわかっちゃいます?」

「ええ、転移者の皆さんは大抵スーツかガクセーフクですからね」

「ああ、なるほど」

「それで、ヒロキさんの能力なり知識なりを、こちらの世界でも役立てていただければと思うのですが」


 俺がやってたことといえば、システムエンジニアという名のIT土方だ。

 旋盤やフライス盤でガリガリ物づくりしちゃう本物のエンジニアな方々と違って、こっちの世界で役立つスキルじゃない。

 特技といったら「ネットに落ちてるソースコードをコピペして、さも自分が頑張って作ったように見せかけることです(キリッ)」だよ。

 ネットに繋がらないこの世界じゃ何の役にも立たないよ。

 こんなことなら、実際に役に立つ第一次産業か第二次産業に就いておくんだった。

 異世界に来るって知ってたら、絶対にそうしたのに。

 異世界転移の小説とか流行ってるから、実際に、そっち方面に就職してる人とかいそうだしな。

 「志望動機は?」「異世界に転移しても役立つので」とか…………ぜってー不採用だわ。


 他にも、俺はたいした趣味もないしな。

 しいていえば、チャーハンとペペロンチーノが美味しく作れるくらいだ。手の込んだ料理はムリだけどな。

 といっても、素人に毛が生えた程度だぞ。

 高級中華の料理人みたくグルメ舌を唸らせる激ウマなわけでもないし、某チェーン店のバイトみたいに激早で作れるわけでもないからな。

 普通の人よりもちょっと美味しく作れるレベルだからな。


 ちなみに、なんでチャーハンとペペロンチーノの2つなのかっていうと、動画サイトの作ってみた動画をいっぱい観たからだ。

 面白いからまだ観てなかったら是非オススメだ。

 なにが面白いって動画本編よりも、コメント欄が面白い。

 チャーハンもペペロンチーノも比較的簡単に作れるし、それだからこそ、作り方も人それぞれ。

 そこで、鬼のような批判コメントが殺到する。

 たとえ、動画投稿者がプロの料理人であってもお構いなし。

 各人が、「俺の考える最強のチャーハン(ペペロンチーノ)理論」にもとづいて、ボロクソに批判してくるのだ。

 果てには、投稿者の人格否定や、コメントしてる人同士でケンカ始める始末。

 正気の沙汰とは思えない地獄絵図が繰り広げられていて、第三者としては爆笑しながら眺められる最高の娯楽なのだ。


 このチャーハン・ペペロンチーノ論争を見てたどり着いた俺の結論としては、「腹減ってりゃ、なんでもウマい」、一休さんは偉大だね。

 つーか、チャーハンもペペロンチーノもマズく作る方が難しいんだから、自分の好きなように作りゃいいじゃん!


 というわけで、いかに俺がなんの取り柄もない凡庸な社畜1号に過ぎないのか、ご理解いただけたであろう。


「と言われても、俺は特別なことできないですよ」

「ああ、大丈夫です。ご心配なさらずとも、今すぐどうこうして欲しいという話ではないのですよ」

「はあ、そうですか」


 いまいちディーンさんの意図がつかめず、適当な返事しかできない俺。


「ヒロキさんにとっては当たり前と思われることでも、こちらの世界では莫大な利益を生み出すことがあるのですよ」

「そうなのですか?」


 俺にそんなことができるのかと、半信半疑だ。


「たとえば、リバーシはご存知ですよね?」

「ええ、まあ」


 べつに強くもないが、もちろん、人並みには知っている。


「うちの商会は先代の頃はまだ、ほそぼそと商いを行う小さな商会だったのです。それが先代が出会った転移者が伝えたリバーシのおかげで、我が商会は一気に名だたる商会の仲間入りができたのですよ」

「へえ、そうなんですか。たかがゲームで」

「ええ、そうなのですよ。たかがゲームで、なのですよ。この世界にはそれまで遊戯といえば、教養のある高貴な身分の方々向けのものしかなかったのです。それが、無教養な庶民でも手軽に楽しめるってことで、大陸中を席巻するほどの大ブームとなりましてね」

「へへえ。すごいですね」


 その程度でボロ儲けできるなら、俺でもなんとかなるかな?


「じゃあ、トランプとか、囲碁・将棋とかは? 後、麻雀とか?」

「ええ。それらの遊戯も転移者の方によって、この世界に広められております」

「まあ、そう簡単にはいかないですね」

「はい。ですが、きっとなにかしら、ヒロキさんの知識や能力が役立つのは間違いないと思います」

「だといいんですがね」


 ただの社畜IT土方な俺になにができるんだろうか。

 パッと思いつきそうなことは既にやられてるだろうし。


「そのためにも、まずはこちらの世界での生活に馴染んでいただくのが第一かと」

「そうですね。なにせ、右も左も分からない状態ですから」

「ええ。そうしてこちらで暮らしてくるうちに、なにかしら見えてくるものもあるでしょう。その際には是非とも我がディーン商会を頼っていただければ」


 先物買いの青田買いってことか。


「それまでは当商会にヒロキさんの面倒を見させていただければ、と僭越ながらも思っている次第です」

「あー、それでしたら、こちらこそよろしくお願いします」


 面倒見てやるから、なにか金のタネを見つけたら、ウチによろしくね、ってことか。

 うん、納得した。

 そういうことなら、遠慮は無用だ。


 商談がまとまり、話は雑談へ――。

 雑談といっても、この世界が未知な俺にとっては、どれも貴重な情報ばかり。

 充実した時間を過ごすうちに、気がついたら一行は街にたどり着いていた。

 まさキチです。


 お読み頂きありがとうございました。


 本日は3話投稿します。

 次話は19時過ぎに投稿予定です。


 お気軽に感想などいただけると嬉しいです。

 面白かった、楽しめたと思われましたら、お手数をお掛けしますが、ブクマ・評価していただけますと、今後の執筆の参考になります。

 お手数をお掛けしますが、何卒よろしくお願いいたします。


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