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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

静止世界

第三話

作者: 六藤椰子〃

 『人々はお互いに争いをする為に生まれてきた』

とある有名な学者が言っていた言葉だ。そしてその学者とは、僕の父親でもあった。名前はイチロー。どこかの有名なスポーツ選手のような名前であった父親は、よく反抗期でもあった弟と口論になっていたのを覚えている。

「何故、人々は争うの?」幼い頃の僕はよく父親に訊いた記憶がある。何度も何度も同じ事を。すると父親は必ず決まって、「感情のせいだ。いずれお前にも分かる時がくるだろう」と答えた。その答えを見つけ出す以前に、人々は全ていなくなってしまったが。

当時の僕は自分の頭で自分なりに考えた。しかし結論を出せる事はなく、弟と違って僕は劣化した人間なんだと思っていて、それが原因でよく喧嘩をした。頭脳で勝ち目なかった僕は、身体で己の強さで示そうとしたんだ。弱い相手には強気になる。勝ち目なかったから強気になる。

 今なら原因がよく分かる。弱かったのは、紛れもなく僕自身だった。

強さを主張したいが故に弱者を甚振る。強さを主張したいが為の愚行。両親が、そして何より家族と言うものが鬱陶しく、嫌いだった僕は少しでも距離を離れるようにバイトをし始めた。学校卒業後は上京を考えていたからだ。周りは立派だと褒めた事がますます拍車にかけた。そのバイト先で知り合った男女。一人は同世代で恋人に、一人は相談役として、また一人は親友のように、また一人は悪友のように自然と仲良くなった。

バイト仲間には、恋人ができた事は周りには秘密にしていた。また、本人もそれを秘密にしてほしいと言われていた。同性からも好かれていた為だ。

必ず嫉妬がもとで喧嘩となる。恋人にはそれが分かっていた。僕もそれを理解していた。

『人々はお互い争うように生きている』などと生まれて初めて納得したのもこの頃だ。人々は何かしら争いをするように設計されてるかのように、個性があり、感情を抱き、他の生き物とは違って顔つきもあり、唯一相違点がないものを表現するとすれば、それは骨格だけだ。しかし骨だけでは動く事は出来ない。仮に生きるようになったとしても、骨だけでは何もできないだろう。もし神様がいたとしたら、僕らは争いをさせる為に僕達を作ったに違いない。

 父の言っている意味をようやく理解した。しかし、話す相手はいない。もう一人もいないのだ。

僕は自分の両方の掌を眺めた。どこかで死の予兆と聞いた事はある。しかしもし死ねるのなら、僕はこのまま安らかに…と考えたところで、声が聞こえてきたような気がした。

ハッとしてベッドから起き上がる。しかし声が聞こえるような気がするだけで、何て言ってるのか分からない。どこから聞こえてきているのかも分からない。

ただ、音のようなものが、声のような感じがしていた。聞き覚えがあるような、不思議な音。しかし何と言っているのかは分からない。幻聴かもしれない。宇宙人が僕の存在に気づいて探してるのかもしれない。

僕はホテルの外に出て必死に大声で叫んだ。気づけば朝だった。

 太陽だけが照らしているこの世界。ふと思い出し、僕は前に地面に捨てたパンのところまで行ってみた。虫は沸いていない。啄んでいるような鳥もいない。しかし、先ほどの声のような音、僕は少しだけ希望が湧いて出てきたのだ。

人の声だと確信を得たい。しかしどこから聞こえてきたかは分からない。僕はテレビ局に向かう事にした。

都内なら自転車で30分もかからない間隔に一駅があるほど近い。車なんて要らなかった。僕はスマホのGPSを頼りに、テレビ局まで訪れてきた。正午過ぎだった。警備員は一人もおらず、難なく侵入する事は出来た。ホワイトボードを探し出す。

 電気はついている。しかし、いつかは消えてしまうのだろう。僕は空腹が満たされる事のない食事を軽く済ませ、ホワイトボードごと移動させて放送したままだったスタジオを探した。少しだけテレビに映るまでに遅延こそはあったものの、なんとか無事に見つける事は出来た。天気予報の番組らしく、天気について書かれた看板も立ったままだった。

僕はそれを片づけて、テレビ局から持ってきたホワイトボードに、ここからの最寄り駅と時刻を書いた。常にテレビにこれを映しておけば、雨さえ降らない限りは放置していても大丈夫だろうと考えたからだ。それをやってのけた途端、安心してドッと疲れが出てきたようだった。

折り畳みの椅子に座り込む。日本中にこの自分の姿が映し出されているとなると、いささかダラシナイ学生が、悪戯でなにかやっていると勘違いするかもしれない。僕はスマホで音楽をかけながら事情を伝える。ボードには僕が待機する予定の日数までも書いた。その数日の間は僕の精神との我慢比べとなってくるハズだ。

人は希望が見つかるとそれに向かって一直線に進む事ができる。

日常に変化がほしかった僕がいた時期がある、しかし、こういう変化はもう懲り々りだ。僕は折り畳みの椅子に座って空を見上げた。もちろん、テレビに映ったままである。

風もない。鳥も野良ネコもいない。虫もいない。ただただ、静寂。音楽がない事がこんなにもストレスになるとは思わなかった。スマホからは無限にも近い回数で流れ続ける同じ複数の曲。僕のお気に入りの曲は何度も何度も流れる。ふと、ネット通販は使えるのだろうかと疑問に抱く。さすがに配達の…。と思ったところでハッとした。置いてあった誰かの鞄を漁り、財布を見つけ出し、そのクレジットカードを使って僕は大手ネット通販のホームページで注文をしてみる事にしたのだ。商品はなんでも良かった。ありとあらゆる、世界中の商品を注文してみた。日本中にはいないかもしれないが、世界のどこかには人はいるかもしれないと言う考えまでに至ったからだ。

ホワイトボードにはこの付近のホテルを書いた。僕は急いで自転車に乗り空いてる部屋を見つけ出し、コンビニから盗んだ缶詰をその部屋に大量に置いといた。メモ帖に空港まで行く趣旨を書いて、急いでそのまま空港まで向かった。

着いた頃には16時過ぎになっていた。依然として二日前の朝五時半からは止まったままらしく、飛行機はターミナル内に停まったままだったのだが、もしかしたら別の国から飛行機が飛んでくる可能性もある。僕はそれを狙う事にした。それまでに僕はワクワクしながら飛行機の中を見たり、普段入らないような場所にも行ってみたりした。よくよく考えると以前ほどの恐怖心はなかった。好奇心の方が優先されていた。飛行機を運転してみたいとも思ったのだが、事故る事を考えてハンドル握ったりするだけで我慢した。

 気づけば19時過ぎになっていた。探索するだけでも広すぎたこの空港内は、それでも僕の好奇心が途絶えるような事はなかったのだ。僕は明日はどこに行こうかと空港内のパソコンを勝手に拝借し、インターネットで探してみたのだ。

ネットが動くのは衛星のお陰かもしれない。もし落ちてきたらネットはもう使い物にはならなくなる。

僕は他人のクレジットカードを勝手に使い、スマホでデジタルミュージックを大量に買い、それを大音量で流しっ放しでいつの間にか寝ていた。

 ふと目覚めると、変な時間帯に寝てしまったせいなのか、午前12時頃に起きてしまった。

空腹は相変わらず。僕は空港内の飲食店内の厨房を見た。冷凍保存されている肉をそのまま焼いた。いつもより食欲がわく。かといって幾ら食べても空腹感が満たされる事はない。太ってしまうかもしれない、と食べていて一瞬思ったが、心配はなかった。むしろ、太るか痩せるかどうかは心配するべき事ではないと判断し、過食状態となった。嫌悪感はない。

みるみる内に食べ物はなくなっていく。どこかで何かを満たしたい欲求があるのかもしれない。しかし、何を満たしたいのかは僕にはわからなかった。空港内のモニターを介してテレビをも閲覧し、まるで自分の部屋のように散らかっていった。

これでも以前までは片づけられるタイプだった僕には、過去の僕自身から叱られてしまいそうだ。でも、幾ら散らかしても叱る人はいない。怒る人もいない。周りには誰もいない。何かが吹っ切れたような、何かが開放されたような気分だった。不思議と孤独と言う寂しさを感じなくなっていた。

 大体食っては寝ての日々をこれといって特に変化もなく数日間過ごした。

まるで豚のような生活である。空港はそれほど居心地が良かった、と言う訳ではない。世界各国の、どこかの国から飛行機が飛んでくることを、心の奥底ではそう願っていたのかもしれない。

もし仮に来たとして、その人が英語ペラペラで、話しが通じない相手でも問題はなかった。ネットには翻訳機能があるのだ。衛星が落ちるまでの間は暫くネットを続けていても問題はなさそうだった。

エイリアンがきたとしたら僕を攫うなり何なりするが良いとも思っていた。どうせ言葉は通じない。通じたとしたら、それはそれで助かる事には変わりはないのだが、もし通じなかったとしたら、麻酔か何かを打たれて僕もみんなと同じ所に行けるかもしれない。それはあの世かもしれないし、もしくは別の惑星かもしれない。

僕はふと考える。逆に、朝の五時半で人類がいなくなって良かったと思えるようになってきた。と言うのも、もし昼間にいなくなったとしたら、電気は至る所に着いており、それは即ち莫大なエネルギーを消費する原因となり、すぐに電気は消えてしまっただろう。かといって一つ々つ各お店の電源を落としていくにしても、ブレーカーの使い方が分からない僕にとっては、絶望的になっていたのかもしれない。そんな考えが浮かんで、不幸中の幸いであるとも思った。

いつまで電気が保つかは分からない。しかし、よほどの事がなければ消える事はない。僕は安心していられるというわけだ。消灯してしまった時に備えて懐中電灯用などの電池は万引きはしてある。万引きと言うのも些かおかしいかもしれない。

少しずつ、罪悪感と言うものが僕の内から消え去りつつあった。

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