表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三人称の為の習作

作者: 鷹尾だらり

 痩身の男が一人、病床に伏せていた。


 禍々しくもたくましい角を対に揃え、眼窩がんかには一瞥をくれただけで人一人殺せそうな三白眼。

 その姿はまさに、いにしえより伝承に語られし魔王そのもの。

 魔を統べ、魔を愛し、魔界をその身に宿し統べる死の象徴。


 だが今となっては、痩せ衰えた体を起こすこともままならぬ程に、衰弱している。

 魔族の長として隆盛を極めた、嘗てかつての魔王の姿はどこにもない。

 山河を埋め尽くさん程の魔族を率い、エルフやドワーフを滅ぼした。嘗ての魔王の姿はもう、どこにもない。


「それと、言うのも……」


 しわがれた声で、魔王が言葉を紡ぐ。その声はどこか恨みがましくもあり、しかし愉しげでもあった。


「ククク……あの子憎たらしい勇者め……。お前を待って、私はこんなにも歳をとって弱り果ててしもうたわ」


 過ぎ去った遠き日に思いを馳せ、忍び笑う魔王。すでにその目に色彩はなく、一見して死の近きを悟らせる。

 だがその表情には、一片の悔いも嘆きもない。

 彼の脳裏には、魔族の王として勇者と対立した日々が色鮮やかに蘇っていた。


 様々な策略を巡らせ勇者の旅を妨害し、逆に自らの野望を妨害され……。

 思い返せば直接拳を交わす対立は少なかった。

 だが、互いの「知」をぶつけ合うのは面白かった。


 古くの童話で聞き及んだ、どの魔王とも違う。

 力ではなく、己が知識で戦った。定められた運命を生きる者として、他のどの魔王とも違うことは、誇りでもあった。


 故に、勇者が只『タイマン面倒臭い』と言う理由で知識戦を展開していたと聞いた時、激しい憤りを覚えた。

 だが反面、喜ばしくもあった。


 それが何故なのかはわからなかった。

 だが幾重にも歳を重ね、相手を失い、己もまた死に近付いて知った。

 あれが『親友』である、と。


「嗚呼、良い一生であった……」


 遠く遠く、夜星の如く遠く。されど、夜星の如く輝く。懐かしき日々の思い出。

 これが俗に言う「走馬灯」だと悟った時、魔王はフッと微笑んだ。


 もはや、後悔はない。死の淵に立って尚も笑うことができた。

 それだけで、十分だ。もう何も、思い残すことはない。

 勇者も――友も、笑って逝ったのだろうか。


「友よ、私も、今逝こう……」


 先に逝った友の面影を探し、魔王はその目を静かに閉じた。

 かくて魔王は、その生涯に終止符を打った。

 かくて魔王は、友の下へと旅立ったのだ。


 厳寒に産み出された吐息が空を目指すように。

 魔王の魂もまた、天へと昇っていく。

 その末期の顔は──笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ