1章 アルファ帝国領フローディア 4
フローディア市街を出ると、麦畑が広がっており、それを越えると草原と一本だけ伸びる道が続いていた。
草原を注意しながら歩くと、リーザが、実家のささやき亭に行けば冒険者ギルドよりも少し高く買い取ってくれる、と言っていたハーブや果物が育っていた。前の世界と同様の香りと味のローズマリーやバジル、野生のブルーベリーやブラックベリー、山葡萄を見つけた。これらは春樹がテラの道具屋で買った背負いの篭に入れていった。
春樹が常に意識していたのは、土地勘も知らないのに無謀なことはしない、よく話しを聞いて情報収集に努める、ということだった。当然、前の世界で春樹の判断ミスによる無謀な死に方が影響していた。
春樹は見た目は16歳くらいであるが、7歳の子供よりもこの世界のことを知らない。
前の世界と同じようなものは見かけるが、本当にそうなのか全くわからないのだ。
この世界の文化なども春樹はまだ理解できていないので、世間知らずの田舎者が苦労しながら社会勉強をしている、と演じることにした。
それで春樹が考えついたのは、田舎から飛び出てきた若者が多くの人々の助けを得ながら冒険者となる、というストーリーだ。そうすれば、知識を得ながら、今後の自分の身の振り方を考えることができる。
しかし、そのストーリーは、春樹が有り余る能力を使ってとんでもない魔物を狩ってきてしまえば、全て台無しになる。目立たないように、常識の範囲内で行動するべきなのだ。
万が一に盗賊にあっても、運がいいことに得られた、ライフスティールとソウルスティールで一方的に駆逐するだけでなく、生きるためのステータスやスキルをさらに得ることができる。
既に、ステータスはこの世界で規格外なものであったが、春樹は考えたのは、もし同時に油断をしないで10人が襲ってきたら、50人で襲ってきたら、不意打ちで強力な魔法攻撃にあったら……。一撃でも耐えることができれば、敵の命を奪って復帰することができるが、耐えることが出来なければ2回目の死だ。次は新たな世界に転生できるのか、そんなことはわからないし、これだけの破格なスキルを得て転生など再度そんなチャンスを与えられるのか、と考えたら、そんなうまい話があるわけがない、と春樹は考えを締めくくった。
春樹は森と草原の境目にたどり着いた。
森側に、ひまわりによく似ているがサイズは小さい太陽草、葉が三日月のような形に月見草が生えていた。
太陽草は回復薬の材料に、月見草は魔力回復薬の材料になるようで、多く収集しても困ることはない。よって春樹は、合計で80本を目安に収穫を開始した。
収穫をした太陽草は蜂蜜のような甘い匂いを漂わせ、月見草はイランイランのような官能的な甘い香りであった。
春樹の背中の篭に積まれていく太陽草と月見草の混ざり合ったむせるような甘い香りに誘われて、蝶が密集していた。春樹はそんなこと関係なく採集作業をしていると、周囲には白色のうさぎが集まってきていた。
その白色のうさぎは、遠くから見れば普通のうさぎだが、近づくにつれ、小学校低学年くらいの子供が屈んでいるような大きさであった。
そのうさぎは通称ホワイトラビットと呼ばれる魔物で、一匹であれば、そこらの村人でも倒せるような弱い魔物だ。その魔物は今まさに春樹の周囲を囲んでいた。総勢で12匹程度であった。春樹は収集作業に集中していて、囲まれているのに気がつくのが遅れてしまった。
ホワイトラビットは鍛えられた後ろ足で、地面を蹴って対象に体当たりし、倒れた対象の首を前歯で噛み切るという戦い方をする。
また、元々は太陽草や月見草等を主に食べるが、動物なども襲って食べたり、畑を荒らして野菜を食べたりし、さらに素早くて捕まえにくく、特殊スキル『危険察知』を持っていたことから単体ではすぐに逃げ出す。しかし、3匹以上の密集していた場合は、少し強い相手でもベテランの冒険者相手でも襲いかかってくる凶暴性も持ち合わせている。また、生殖活動も活発で増えやすいことから能力は低くても、集団行動で凶暴行為を行う厄介な魔物とされていた。
ただし、ホワイトラビットの良いところは、その身の良質なタンパク質と味である。毒性はなく、大型で、臭みもクセもなく鶏肉のような良質な味が非常に好まれて食べられている。毛皮も非常に触り心地もよく、防寒衣も素材として非常に喜ばれる。
しかし、無事怪我なく、倒せたら、ということなのだ。
春樹は右手を正面にいたホワイトラビットに向け、『ライフスティール』と念じたところ、春樹の視界の右下の数字に0.1が加算され、ホワイトラビットは倒れた。春樹は続けて2匹3匹にライフスティールを使い、ホワイトラビットの死骸を作った。
春樹の左側から飛びかかってきたホワイトラビットが、春樹の横っ腹に激突するが痛みはないが、その衝撃で倒れそうになる。春樹は踏ん張って、
「こんのやろおおぉ!」
と叫びながらホワイトラビットの頭を両手で掴んで払いのけた。すると、地面にホワイトラビットの頭が突きささり、ピクピクと痙攣を起こしていた。
すぐ様、他のホワイトラビットが飛びかかかってきたが、急いで春樹は腰に下げていた鉄のナイフを取り出し、
「ふざけんな、ちくしょおおお!」
とホワイトラビットに対して水平に振るうと、ホワイトラビットの胴体と頭が分離し、切断面から赤い血液が噴き出して倒れた。
そのホワイトラビットの血飛沫を見た他の7匹は危険を感じて、キィーキィーと奇声を発しながら逃走した。
ホワイトラビットの体から浮き出てきていた青白いモヤに向かい、春樹は『ソウルスティール』と念じると、青白いモヤは春樹へ吸収され、春樹の特殊スキルに「危険察知+」「対寒冷+」が増えることとなった。