1章 アルファ帝国領フローディア 3
春樹はエリーから貰った案内図を元に冒険者ギルドに訪れた。
冒険者ギルドといえば、木製の平屋の建物に、看板娘の若い受付嬢、ギルドマスターと呼ばれるバーのマスターみたいな40歳くらいの男、併設してある食堂とそこに集って酒を飲み交わす荒く者たち、今回の冒険で得た報酬を分け合うパーティ、座りながらパーティ勧誘するため観察をしている者、掲示板に貼られたお尋ね者のポスターと依頼。
まさにこの想像の通りの冒険者ギルドであった。
17、8歳くらいの若い受付嬢は茶色の長い髪に、給仕のような紺色の服に白色のエプロンをつけていた。春樹の方からはカウンターや台などで下までは見えないのだが、上衣と同様の紺色のスカートをはいていた。春樹は若い受付嬢に声をかけた。
「すみません、この街に来たの初めてで、私にもできるような仕事がないかお尋ねしたいのですが」
「あら、丁寧な冒険者さんね。ステータスタグの提示をお願いします」
春樹はステータスタグを受付嬢に提示すると、
「銅色かぁ……冒険者登録の手続きはまだですか」
「はい、住民課ではこちらに来るように言われたので」
「わかりました。では、登録の手続きをしますね。『ステータス追記』」
受付嬢は『ステータス展開』を詠唱することなく、『ステータス追記』の詠唱をし、春樹の職業欄を無職から冒険者見習いと記載した。春樹はこの時、『ステータス展開』を唱えられたら、また住民課であった、「ステータスが高過ぎる」などと指摘されるやり取りを繰り返すことになると思っていたので、春樹にとっては都合が良かった。
「本ギルドにおいては、銅色のステータスタグの人に対して、特別な理由がない場合は冒険者見習いという職業として登録しています。冒険者見習いから冒険者になるには、合わせて10件の護衛任務、または討伐任務の達成による昇格、またはギルドマスターからの特別任務終結による特別昇格があります。昇格しましたら、鉄のステータスタグと銅色のステータスタグを無料で交換致します」
「それで、冒険者見習いの私でも達成しやすいものはありますか?」
「そうですね。昇格には関係がないのですが、付近の野草などの採取任務や少し離れたところにいる弱い魔物の狩りですね。倒したことを証明する部位だけでもお金にはなりますが、ホワイトラビットや暴れ鹿のような食べれる魔物やクロコダイルなどの素材になるものも冒険者ギルドで買取できます。ですが……」
受付嬢は、春樹を心配そうな目つきで見た。
それは、受付嬢の目には、線の細い少年が凶暴な魔物に襲われて死に絶え、糧とされるのが映っていたからだ。
「夜になると魔物は高レベルのものが現れたりしますので、本日はフローディアに来たばかりなのだから、宿や所持品を整えた方がいいと思いますよ。先ほど見ていた案内図を見せてください。ここのささやき亭はあまり安くはないですが、食事は美味しいですし、お風呂もあります。あと、ここのロマネスクという武具屋は初心者から中級者までの装備が整っていて、店長もいい人ですよ。ここのテラの道具屋は……」
「特定の店にだけ肩入れしていいんですか?」
「いいのよ。ささやき亭は私の実家だし、ロマネスクとテラの道具屋は私の親戚だから。こんな小さな都市なら許される範囲だよ」
受付嬢が、大したことない、とでも言いたそうな笑顔で、そう答えた。
春樹は、ささやき亭にたどり着き、宿と食堂が一緒になったカウンターから宿の主人が現れ、宿泊料金の説明を受けた。一泊2食付で銀貨4枚と言われたが、冒険者ギルドの受付嬢からここを紹介された、と伝えたところ、銀貨3枚と銅貨10枚まで割り引かれた。
宿の主人は、春樹が冒険者見習いだとわかると、
「駆け出しのうちは無理はするなよ。困ったら相談してくれ」
と心配してくれた。
宿の主人は太い二の腕の筋肉を見せて、
「どうしても仕事に困ったら雑用でも手伝ってくれたら、安く泊められるようにうちの母ちゃんにも言っておくからな」
とまで春樹に伝えた。
「どうしてそこまで親切にしてくれるんですか。こんな初めて見る胡散臭い客にですよ」
「そりゃ、俺も君みたいな年の頃に冒険者になって、酷い経験はあらかた味わったからな。命まで取られることはなかったが二度と経験したくないものばかりだ。だから、君みたいな冒険者見習いの子が来たら昔を思い出してね」
宿の主人のしている冒険者見習いへの手厚いフォローで助けられた者は数多い。ささやき亭内に設置された食堂は、冒険者や兵士でごった返しているのは、料理の腕だけではなく、人望から来るものもあった。
「新入りさん、旦那の世話になっときな。俺たちも助けられたんだ」
「そうだそうだ。困った時は皿洗いや風呂の水汲みなんか手伝わせてもらえ」
春樹とマスターの会話を聞いていた兵士たちや冒険者たちが食事と酒を取りながら言った。
夕食はすぐ食べるのか、と宿の主人から聞かれ、春樹は頷くと、ライ麦パンと根菜と川魚のミルク煮が出て来た。
春樹はライ麦パンは現代の味に比べるとあまりにも硬すぎて辛いが、ミルク煮は芯から温まる素朴な味で美味しいと感じた。
ミルク煮に浸しながらライ麦パンを食べるとちょうど良い硬さで、これも美味しかった。ライ麦パンの食べ方はこうなのだろうか、と春樹は思った。
転生した日に比べると、人の暖かさや出来事の雲泥の差に春樹は今にも涙がこぼれそうだった。
翌日、春樹は、冒険者ギルドの開庁時間に出向き、受付嬢に礼を告げると、
「あら、そんなこと別のいいのよ。うちの家は儲かるしね。それに、わざわざ職場で言わなくても、家で言ってくれた方が楽だったでしょう。あと、私の名前はリーザ。早く一人前の冒険者になってね、ハルキ君……ハルキ君で良かった?」
「はい、ハルキであってます。ところで、野草の収集依頼をこなしたいのですが」
すると、リーザは依頼書の束から一枚を抜き取り、春樹の前に見せた。
「ハルキくん、字は読めるよね。これなんかどうかな、月見草と太陽草の収集。フローディアから西に5キロくらい離れたところにあって、月見草も太陽草も一つ銅貨10枚で買い取ります。ちなみにうちの宿屋に泊まるなら、銀貨4枚だから40本は必要ね。あと、道中で取れる野草で買取額が高めのものなら……」
受付嬢のリーザは、月見草の特徴は葉が三日月型になっている、太陽草は現実世界のひまわりに近い形を有しているなど、春樹の頭に具体的な形が浮かぶほど丁寧に説明した。そして、リーザは最後に説明を付け加えた。
「絶対に奥の森には行かないでね。そこに行って強い魔物に襲われて亡くなったり、行方不明になっている人たちがいるの。まあ、ハルキ君はそんなところに行かないでしょうけど」
「なんで?」
「普通、冒険者見習いになった人たちは、力んで魔物の討伐や護衛任務に就きたがるんですよ。ハルキ君はそんなこと関係なく収集任務を選んだからね。君は長生きするタイプだよ」
春樹は、前世では平均寿命から数えてマイナス50くらいでしたよ、と思って苦笑いした。リーザはその苦笑いを、ハルキはバカにされたのだと思ったのだと思った。
「あの、馬鹿にしているとかそういうことじゃなくて、冒険者見習いの子はすぐに亡くなったり行方不明になったりすることが多くて……」
「違うんです。前にひどい目にあったんで、そのおかげかな、と思っただけなんですよ」
「ああ、そうなんですか。では、今度その話を教えてくださいね」
リーザは微笑み、そして視線を春樹の後ろにあった掲示板へ向けた。
春樹は振り返ってその掲示板を確認すると、行方不明者の似顔絵の描かれたポスターが貼られていた。ここ数ヶ月の行方不明者は通年の約3倍となっていた。
「もし、こちらに載っている行方不明者を見つけて無事を確認したり、万が一ステータスタグだけでも見つけたら冒険者ギルドに持ってきてください。どんな形であっても、見つかれば、前に進める人はいるはずですから」
「わかりました」
「それではお気をつけて」
春樹はリーザに別れの挨拶をし、冒険者ギルドを出て、フローディアの西へ進んだ。