1章 アルファ帝国領フローディア 1
春樹が村を出た理由は、この死体だらけの村に居残りたくないし、このまま残れば確実にトラブルに巻き込まれるはずである。理由なくただ犬死するような選択は避けたいし、自分が一体どんな世界に来てしまったか知りたい、そう思ってフローディアに向けて足を進めた。
情報収集とライフラインの確保が春樹の現段階の重要課題である。
フローディアという街に行けば、この世界のことがわかると春樹は考え、さらにいずれは収入を得て生活をしなければならない、という思いもあった。
アルファ帝国領フローディア市は南北に700メートル、東西に500メートルの広さを有しており、東京ドームで言えば6個分程度小都市である。四方を通称カーテンウォールという幕壁で囲まれており、その高さは約8メートル、厚さは2メートルの石製。北側と南側に出入り口、ゲートが作られており、ゲートには落とし格子が設置されている。
人口は約3000人程度であり、建築や土木などの肉体労働者と農業専従者が合わせて1500人程度おり、後は商業関係者、兵士、冒険者などで構成されている。
なお、市壁の周囲は農地が広がっており、麦、じゃがいも、蕎麦、綿花、その他キャベツなどの野菜を作成している。麦は青々と茂っているが、綿花は気候が適していないのか、あまり発育は良くない。
麦畑の側に伸びた道を春樹は北上していた。
市壁の上部に掲げられたアルファ帝国の国旗が春樹の目に入り、殺した兵士達が持っていた金貨を取り出した。金貨には同様の国旗が描かれており、派兵はここからあったか、ここを通過したのは間違いないと感じた。あれだけの派兵があって、兵士が戻ってこなく、サウスフローディアの直近側の南側のゲートから、反乱分子と間違えられて攻撃された自分が入るのは不自然であると思った春樹は、フローディアの北側ゲートから入ることとした。
北側ゲートには、前に殺した重装歩兵たちと良く似た鎧を着込んだ中年の男性2名が門番をしていた。彼らには一人で歩いてくる春樹に声をかける。
「そこの少年、ステータスタグの提示を願います」
―――なんですか、それ
春樹は困惑した顔をすると、門番の2人の男はケラケラ笑い始めた。
「なんだい、お上りさんか? 家にステータスタグ忘れたのか。それとも、魔物から逃げた際に落としたのか?」
「ステータスタグ自体なんなのかわからない」
「ほら、君さ、お父さんやお母さんから、これ持って行きなさい、って言われなかったかい?」
子供扱いまでして、と春樹はムスッと怒りたくなるが、春樹は16歳くらいの少年にしか見えないのだ。『ステータスタグ』と説明されて門番から見せられたのは鉄製様の金属板で、長さ6センチメートル、幅2センチメートル、厚さは2ミリメートルくらいの角のない板だった。刻印や記載などはない。
「んー、見た感じ不審者って感じでも無いんだよな……。再発行か新規手続きかな。君は成人なりたての15歳か16歳になったばかりくらいかい、親にはこんな板作ってもらっていないかい?」
春樹は首を横に振り、
「作ってもらったことはありません」
と答えたところ、門番は
「じゃあ、新規手続きだな、俺たちのいる門のすぐ側の兵士の詰所の横に住民課の建物があるんだ。そこでステータスタグを作ってもらうんだ。新規の場合は無料なんだけど、再発行には金がかかる。再発行代をケチってたまに新規手続きするやつがいるんだが、そんなことしたら下手すると死刑になるからな。本当に坊主は嘘ついてないな」
と笑いながら説明した。
―――再発行を新規でやったら死刑になるってどんだけ法律厳しい国なんだよ
と春樹は思うが、どの道、新規なのに再発行手続きをしても同様の虚偽申告系統の罪になりかねないと思い、
「ああ、本当に初めて知ったんだ」
春樹は門番の1人に案内されて住民課の扉を開けた。案内をしてくれた門番はダグラスと名乗り、世間話でもするような軽い感じで、どこから来たんだ、北からは遠いだろ、魔物に合わなかったか、討伐隊が通ったばかりだったから魔物は出なかったんだな、等と話を住民課の中に入るまで続けた。
この時、春樹は、自分は北の方から来た田舎者で、間も無く成人となるので社会経験を得るために出稼ぎに来た、という設定で話すことにした。
するとダグラスは、職業軍人の兵士は給料がいい代わりに冒険者ギルドか指南場で推薦して貰わないと入れない、と説明した。
住民課は木造づくりの建物で、大きさは田舎にある郵便局くらいの大きさで、目に見える職員は4人だった。古いながらも小綺麗にされていて、不快感は感じない。
手前のカウンターに座った眼鏡をかけた20歳になりたてくらいの茶髪でボブカットの女性にダグラスが話しかけた。
「よう、エリー、1人に新規で頼むわ。調査も兼ねているから結果は教えてくれ」
エリーと呼ばれた女性が、ダグラスを見てにこやかに笑い、そして、春樹を見た。
「わかりました。はじめまして、住民課のエリーです。あら、若い人ですね。こちら、一般の方の銅のステータスタグを作った事はありませんか?」
「いや、ありません、あの、さっき見せてもらったダグラスさんのステータスタグと違うんですが、何の違いがあるんですか」
ダグラスとエリーは顔を見合わせて、ブフっと息を吐いて笑った。そして、エリーはすぐに頭を下げた。
「いえ、その、本当にステータスタグを知らないんですね。ステータスタグは、
銅製が一般人又は冒険者見習いのタグ、鉄製のタグが冒険者や兵士たちのタグ
国名を打刻された鉄製のタグはその国で著しく功績をあげた冒険者や兵士たちを示すタグ
緑、青、黄、赤、白、黒のタグは貴族を示すタグ、
金製のタグは全ての国で功績を著しくあげた英雄と言われる人たちのタグ。
虹色のタグは世界平和に貢献した人のタグ
となっています。
そして、ステータスタグは基本的には刻印されていませんが、魔法によって個人情報が記録されています。例えば、名前、生年月日、種族などの情報だけでなくスキルや覚えた魔法、筋力などのステータスが記載されます。
その記録は全て国別に保管されていて、国民の管理、税金の徴収、職業斡旋などに使用されます。もちろん、犯罪捜査にもですね。でも、悪いことしていなければ、非常に便利なものですよ」
春樹は、ステータスタグはいわゆる個人番号カードや運転免許証などの身分証明書で、さらに資格なども登録してあり、仕事探しにも役に立つものなのだ、と理解した。
「じゃあ、わかりました。新規登録してください」
春樹の返事に、エリーはいつもどおりの登録の際の質問を続けた。
「そうですか、じゃあ、お名前と生年月日を教えてください」
春樹が息を詰まらせた。この世界で以前の世界の生年月日と名前なんて通用するとは思えない。年号なんて聞いたこともない。うまく誤魔化しながら相手に勝手に判断してもらうしかない、と春樹は考えた。
「名前はハルキです。年は16歳になったと思います」
エリーは、『入力』と呟くと、エリーの正面に青白い透明なキーボードが現れた。それを器用に指を使って打ち込み、うーん、と唸った。
「誕生日は思い出せない?」
「一ヶ月くらい前に、16歳になったんだからしっかりしろ、と言われたので、一ヶ月くらい前だと思います」
「そうなんだぁ、農家の人たちや、行商人の使用人だとかは結構誕生日までしっかり覚えていないことが多いからね……今の話の通りだと、統一歴783年5月3日くらいかな、と思うんだけど、これで登録していい? 登録したら、以後の訂正は有料だけど大丈夫?」
よし、思った通りうまくいった、と春樹は強く拳を握った。それに偶然にも誕生日は春樹の以前の世界と同じ誕生日だったので、咄嗟に聞かれても間違えないなと、春樹はさらに喜んだ。
「それでお願いします」
「はい、じゃあ、銅のステータスタグに登録するね。最後に確認するけど、貴族だとか過去に勲章を貰ったということはありませんね?」
「ええ、大丈夫です」
春樹の返事を聞いて、エリーは銅製のステータスタグをカウンターの上に置いて詠唱を始める。円型の紋章が台の上に浮かび、そして消えた。
「では、次にこのステータスタグを手に持って……そう、持ったまま、『ステータス自動登録』」
エリーが詠唱を唱え終わった瞬間、春樹の体の下に円型の紋章が浮かび、そして、手に持っていたステータスタグが一瞬だけ、キラリと輝いた。
「はい、これで終わり。このステータスタグは自動的に君の能力を記録してくれるからね。ちゃんと登録されているか確認しますね、『ステータス展開』」
エリーは続けさまにそう言うと、タグが淡く光り、そして、半透明の文字板が浮かび上がった。そこには
氏名 ハルキ
種族 人間
性別 男
生年月日 統一歴783年5月3日
職業 無職
犯罪歴 なし
身体能力
筋力 11
体力 11
知力 8
敏捷性 7
魔力 8
器用さ 8
技術
剣技 8
槍技 7
弓技 7
体術 6
薬草学 5
魔法
火属性 7
水属性 7
雷属性 6
無属性 6
特殊スキル
疾走 耐熱+
固有スキル
不明
不明
不明
との記載があった。
春樹が自分のステータスの感想を言う前に、春樹のステータス表示を見たエリーとダグラスは
なんじゃこりゃああ!
と叫んでいた。
息を整えたエリーは
「数字が高すぎるし、疾走なんてスキル、いえ、特殊スキル自体、人間は覚えられないのよ」
そう言って、エリーは引き出しから紙を一枚を取り出した。そこには、身体能力と技術、魔法の数字の大まかな例が記載されていた。例えば、
身体能力
10段階評価を採用。男女種別ともに同じ物差しで測る。
筋力の目安
1……子供程度
2……人間の普通
3……トレーニングしている人
4……兵士の普通 りんごを手で砕ける
5……近衛兵の普通 両手剣や両手斧を両手で難なく振り回せる
6……魔人の普通 両手武器の二刀流ができる
7……魔人の強い方 両手武器を投げつけて目標に当てれる
8……金属製の武器を折り曲げられる
9……筋肉を硬直させたら振り下ろされた金属製の武器を止められる
10……拳の一撃で城壁の直径1メートル範囲を破壊することができる(ひび割れのみでも見なす)
技術・魔法
技能のこと
剣技、小剣技、格闘技、弓技、火魔法、錬金などのこと
これらも10段階で評価され、
1から2 見習
3から4 初心者
5から6 中級者
7から8 上級者
9 達人
10 神に与えられた技能
特殊スキル
その種族や魔物しか覚えられないもの。人間は覚えることができない。
超音波視、暗視、嗅覚+、耐熱、皮膚呼吸
固有スキル
神によって与えられた能力と言われているもの
と記載されていた。
つまり、春樹の筋力は11であったので、城壁を簡単に砕く以上の筋力を持っているということになる。剣も魔法も並みの人間以上に使いこなせるのだ。
それで、春樹はとんでもない人間であるとエリーとダグラスに見られたのだ。だが、エリーは、10を超える数字が出ること自体があり得ないし、特殊スキルがあることもあり得ない、と考えて再度、登録作業を繰り返すも、同じ結果が出た。
「あ、頭が痛いわ……」
「こんな規格外のやつ、いるもんなんだな……」
エリーとダグラスは呆然としながらそう呟いた。彼らの平均は概ね2、3くらいなのだ。成人なりたてであれば、1の評価ばかりでもあることの方が普通なのだ。
「えーと、そういえば、職業の登録がまだだったけど、フローディアには仕事を探しに来たの?」
エリーは職業欄の無職の欄を指差した。春樹は頷いた。
「ええ、何か仕事が無いかなって」
「それなら、あなたみたいな人は冒険者をやったほうがいいわ」
エリーは受付カウンターの引き出しから、紙を一枚取り出した。それは街の案内図であった。フローディアの西側に冒険者ギルドと記載された箇所があり、そこにエリーは指をさして、そこに行くように、と説明した。
「それと、さっきステータスタグの説明で足りなかったところがあったのだけど、これは住民課や冒険者ギルドなどの国の機関の窓口以外で『ステータス展開』をする場合はパスワードを設けることができるの。自分のステータスや技術は大事な個人情報だからね。あと、ステータス展開の術式を教えますね」
エリーは春樹に何度か『ステータス展開』の詠唱を復唱させたところ、春樹は『ステータス展開』を使いこなせるようになった。
なお、春樹は『ステータス展開』のパスワードを、サイトウ、とした。
春樹はエリーとダグラスに、
「親切にありがとうございました。フローディアで頑張って生活していきます」
と別れを告げて、道を歩き、しばらくして、路地裏に入っていった。春樹の疑問に思っていた、固有スキルの3つの不明欄だ。それらをもう一度確認したいと春樹は考えた。
「『ステータス展開』」
春樹はステータス展開を詠唱すると、固有スキルに
ライフスティール
ライフギブ
ソウルスティール
との記載があった。