後編
そのまま真っ直ぐに、すぐ近くの駅へと直行。
列車に乗って、引継ぎを繰り返すこと3回。
その間に周りの景色からは、人と建物がどんどん消えていく。
代わりに現れるのは、たくさんの緑。
閑散とした、どこか心癒される風景だった。
駅弁をほおばりながら、その風景を頬杖をつきながらも眺める。
頭の中では、特に考えることはなかった。
だだボヤッと、外の景色を眺めているだけ。
最近は色々と、考え通しだったから。
まあ、自分を省みるのにはちょうど良かったかもしれない。
だからなのだろうか?
ただ周りの景色をその瞳に映しているだけの状態で、電車を乗り継いで・・・。
そしてたどり着いた場所は、これまた緑に囲まれた、閑散としたリーゾー土地であった。
鳥の鳴き声、風に吹かれて音を出す木々。
人も、車も通っていない。
シーズンオフらしき、そういった静まった風景。
駅前で退屈そうにしている1代のタクシーを捕まえ、目的地へとたどり着く。
そこは大きくて真っ白な、いかにも木でできてますと言わんばかりの綺麗な建物だった。
階段を上がり、受付の女性に声をかける。
すると、
「ああ。その方なら昨日こられましたよ? たしかご実家の所有する、別荘にいらっしゃるはずです」
そう言って教えられたのは、さらに山奥へと向かって15分ほど歩いた、ある小さな建物だった。
玄関先まで来たところで、受付の女性にもらった鍵を使う。
そんな中で、気になることがあった。
さっきの受付嬢(というか、はっきり言っておばちゃん?)が、おかしな事を言っていたのだ。
まあそれが、今私の虫の居所を悪くしている、主たる原因なのだけれど。
『彼の婚約者です』
と、本来なら“婚約者”の前に“元”という単語をつけなければならないところ、あえて省いたのが良かったのか。
受付嬢は私にニッコリと微笑むと、そっと別荘の鍵を渡してきたのだ。
「彼はとても、憔悴しきっているわ。見ていて痛々しいくらいに。なので、優しくしてあげてね」
と、なにか勘違いをしているようだった。
なぜ? って・・・。
だって、本来なら憔悴しきっているのは、優しくして欲しいのは私の方なのに。
結婚式に相手は姿を見せず、結局はオジャン!
友人だったはずの連中や元職場の連中にまで、馬鹿にされる始末。
おまけに今は、無職なぼっち。
なのに何故、私が結婚式をとんずらした男に、優しくしないといけないわけ?
「所詮、女はいくつになっても、イケメンには弱いってことよねえ・・・」
顔のいい人は得だ。
男だろうが、女だろうが。
世間一般はいにしえの昔よりただそれだけで、何もかもを許してしまう悪習を未だに引き継いでる。
ホントに・・・。
顔の良し悪しなんて、DNA構造上どうにもならないことじゃない。
だってこれは、私のせいじゃない!
どう考えたって、神様のえこひいきでしかないのだ。
モヤっとした、ムカツキの入り混じる気持ちの中、私は目の前のドアを開ける。
「ねえ、いるんでしょう? 出てきたら?」
不快な気持ちが、尾を引いているのか。
開口一番に、乱暴に怒鳴りつけるような口調で声をかけるが、なんの反応も返ってこない。
「一体、なんなわけ?」
眉間にシワを寄せ、不快な気持ち全開で、手前の部屋から片っ端に開けていく。
最初に入ったのは、いかにもお金持ちと言わんばかりの豪華絢爛な、ダイニングプラス大きすぎるリビング。
それから所狭しと本がひしめき合って並べられている、ちょっとした小さな図書館でもあるような書斎。
きれいで無駄に広いトイレに、外の美しい自然の景色を見ながらのこれまた広い、贅沢な浴室。
ベランダには、温泉らしきものが作られてある。
それから2階へと足を伸ばすと、こちらは客室が6つあった。
どこもかしこも、すみずみまで綺麗に掃除が行き届いている。
「え? こんな金持ちだったの?」
この別荘に来たのは、初めてである。
というか、こんな山奥のリゾート地、庶民の私が来ることさえもない。
「彼って一体・・・」
この別荘は“彼の実家の所有”だと、あの受付嬢はそう言っていた。
「実家? って?」
だって彼は以前私に、“天涯孤独みたいなものだよ? 両親はもう、この世にいないからね?”って言ってたはずなのに・・・。
そして、一番奥の部屋、最後の部屋のドアを手にかけ、思いっきり開け放つ。
すると、そこには・・・。
「え? 何してんの?」
ストライプ柄のパジャマに身を包み、水色のカーディガンを肩に羽織った彼が、そこにいた。
彼は険しい顔つきで、窓際の机の上に置かれているノートパソコンと、必死に格闘しているのである。
私のことに気がつくこともなく、彼は懸命にキーボードを叩いては、怖い顔をして画面を睨みつけていた。
なので私はこれ幸いにと、足音を立てないように忍び足で、彼の背後へと近づいた。
そして、画面へと目を向けると・・・。
「!!」
タイトルは、『三十路オンナの悲惨な徒然日記』。
ここで訂正しよう!
私はまだ“29”歳。
30歳にはなっておりません!
という小さいことはさておき、私の婚活から結婚式ご破産のところまでを、嘘半分で面白おかしく、いろんな連中が書き連ねていた。
元友人だったり、元職場の人達が主である。
「!!」
あまりの嘘八百+おもしろおかしく書かれた内容に、思わず叫びそうになるところを必死に押さえた。
「三十路まじかの女は悲惨」
だの、
「結婚詐欺師にあっさり引っかかる、バカ女」
だの、
「身の程知らずのビッチ!」
だの。
内容を読めば読むほどに、怒りがふつふつと湧き上がる。
が。
これは立派な“人権侵害”。
あいつらから、慰謝料をたんまりとふんだくれる証拠の宝庫、あんどビッグチャンス!
そう考えなおしたすぐ後に、そっとアドレスを盗み見る。
それから自分のバックからsurfaceを取り出し、同じ画面を開いて内容を確認した。
しかし。
そこには、私の誹謗中傷ばかりが連なってるわけでは、なかったのである。
余りにも嘘・大げさ・紛らわしいの○ャロにすぐさま訴えたいような内容に対し、必死に私を援護してくれる人たちの内容もあった。
それが、目の前にいる彼である。
彼以外にも、多分彼の会社の人達であろう数人が、必死になって私をフォローしている。
フォロー内容に目を通すと、意外なことがポロポロと出るわ出るわのオンパレード!
彼が結婚式に向かう当日の朝、心臓発作で倒れ、救急車で運ばれた事が書いてあった。
あと、彼が生まれつき心臓が弱く、17歳の時に心臓移植をしているということも・・・。
それから彼の会社が元入っていたあのビルは、耐震対策ができていない欠陥品なため、急遽取り壊し予定となっている物件だったこと。
どうりで全体的に、人気がなくて閑散としていると思ったら・・・。
引越し準備に忙しい最中、社長の結婚式だからと、わざわざ社員の皆さん全員が来てくれる予定だったこと。
しかし、“社長が倒れた”という報告を動揺した秘書が聞き間違え、社員の皆さんに“ビルが倒れた”と言ってしまったらしい。
慌てた社員は結婚式そっちのけで、必死になって引越しをしていたことが記載されていた。
株式市場にも乗る勢いの、IT会社なのだ。
機密内容や、極秘のプラグラムなども山のように持っている。
彼らはまるで、夜逃げでもするかのようにして、周りの目も気にすることなくただ必死に、引越し作業に専念していたらしい。
結果。
無事に引越し終了。
しかし、結婚式の出席者は“0”。
まあ、新郎がいないから、どっちにしても中止だったのだけれど・・・。
ちなみに心臓発作で倒れた彼が、意識を取り戻したのは二日後。
後片付けもろもろが終了し、社員の皆さんが冷静な判断ができるようになったのも、二日後。
気がつきば、既にとき遅し!
彼の体調の事を考えると、どうしても本当のことが言い出せなかった社員の皆さん。
私に関するスレッドやフェイスブックにLINEまでをチェックし、悪意だらけの噂をもみ消そうと必死になったが、結果は火に油を注いだだけ。
そして一昨日退院をして、昨日会社に出てきた社長である彼に、すべてが知らされることに・・・。
というのが、ここまでの一連の流れのようであった。
内容を目で追いながら、私の視界は滲んでいった。
なぜって・・・。
彼の会社の人達が、いかに必死になってこの見るに耐えかねない悪意の塊のような内容に、誠実に対抗していったのかが、とてもよくわかるから。
そしてなによりも!
彼の謝罪の言葉と、私のことを世界で一番大切で愛してる人だと書いてくれたことが、とても嬉しかったのだ。
そう思うとだんだんと、彼に対する怒りが消えていき、むしろあいつらと縁切っといて本当に良かったと、心底思う自分がいた。
その時である。
「ごめん! 僕のせいで!」
背後から、そう叫ぶ声が聞こえた。
振り返ると、彼がその場で土下座をし、額を床にくっつけている。
私はその場に座り込むと、
「いいの。私も知らなくて・・・。ごめんね」
私はそっと、彼を抱き寄せた。
彼は困惑しているのか、私の背に回した両手を宙に浮かせたままだ。
「ただ、不運が重なっただけ。あなたは何も悪くないのに、信じてあげれなくてごめんなさい」
「え? 許してくれるの?」
彼は、とても驚いている様子だった。
そりゃね?
本来の私なら、怒鳴り込んで思いっきり汚い言葉を連ねて罵り、横っ面ひっぱたくぐらいなことは、しそうだもんね?
「許すもなにも、この場合は仕方ないよ」
そう答え、ただ笑うことしかできない私。
「よかった・・・」
彼は安心したかのようにそれだけを言うと、私をぎゅ~っと、力いっぱい抱きしめてきた。
私はといえば、なんだか恥ずかしくなって、
「うん。でもあんな置き手紙したら、誰だって誤解するよ!」
遠まわしにあの日控え室に置かれていた、1枚の紙の内容の真意を聞いてみる。
が。
「? 置き手紙?」
彼は、不思議そうにそう言い返してきた。
どうやら彼には、身に覚えがないらしい。
「ううん。まあいいわ。だって私、結果オーライで今、幸せだし!」
返事を返すなり、私も負けじと彼を強く抱きしめ返す。
そんな時、
「あ!」
彼は何かを思い出したように、急に私から体を離す。
そして驚いている私に対し、怖いくらいに真剣な顔を向けると、
「もう一度、ボクと結婚式を挙げてくれませんか?」
と、聞いてきたのである。