中編 上
すみません。
前回は、投稿する内容を間違えていました。
作者的にはこちらが正解でございます。
こちらも続けて読んでいただけたのなら、幸いです。
「これで君は、僕を一生忘れない」
彼のいたはずの控え室には、この紙切れ一枚だけが残されていた。
ええ、あなたの思惑通り。
私はこの結婚式を一生、忘れられませんよ?
さらに、結婚式当日に思い知る。
彼側の人間は誰ひとり、この場に来ていなかった。
つまりもぬけの殻である。
彼の両親はもうこの世にいない、一人っ子なために天涯孤独の身であると聞いていた。
でも確か唯一、世話になったおじさんがいると聞いていたのだけれど、なんでも折り合いの悪さから結婚式には呼べないと、以前悲しそうな顔で言われたことがある。
あんな顔をされたら、誰だって何も聞かないで許してしまうと思うんです。
イケメンって得だよね?
彼は、色白で男のくせして“儚い”って言葉が似合いそうな、超絶イケメン様ですもん。
それにしても、彼の親友で同じ会社経営をしている夏野さんも来ていないって、どういうこと?
しかも、彼の経営する会社の人たちも、誰ひとり来ていなかった。
この結婚会場にいるのは、私の身内親戚と友達に会社の人達だけ。
そう。
私の関係者だけなのであった。
彼側の招待状は彼自身が手配すると言っていたので、実はどんな人たちが何人来るのかなんて、私は把握していなかったということに、今更ながらに気がついた。
「もしかして・・・」
時間は過ぎていくのに、新郎側のテーブルには誰ひとり着席することはない。
その異常な光景に気がついた私側の招待客たちは、少しずつざわつき始める。
それに加え定刻の時間が過ぎても、一向に始まる様子のない結婚式に、式場内のザワつきがさらに大きくなっていった。
結果。
「新郎が体調を悪くし、病院に行ってしまったため、今回はこれでお開きとなります」
なんて、見え透いた嘘でその場を収めるハメに・・・。
恥ずかしくて情けなくて屈辱的なこの光景、私は一生忘れない。
頭を下げてお見送りをする私に対して、帰っていく奴らの蔑み見下すといった、まさに馬鹿にしまくりな目付きの数々・・・。
あまりの悔しさに、ギリギリと歯ぎしりをしながらも、
「あいつらが困ったとき、私は絶対に助けない!」
そう心に誓った、結婚式当日。
私は控え室にたどり着くなり、デザインが気に入って購入までしたはずのウェディングドレスをその場で乱暴に脱ぎ捨て、素早く普段着へと着替えを済ませる。
それから逃げるように結婚式場を後にして、彼の住んでいるマンションへとタクシーをかっ飛ばしてもらったのだ。
結婚後も、職場のすぐ近くということで、彼はそのまま契約を続行しているはずだったから。
今回の件を彼はどう思っているのか?
この時の私の中には、怒りしかなかった。
そのせいか車内の雰囲気は、まさに最悪の状態であった。
タクシーの運転手さんもずっと、バックミラーで私の顔色を伺いながら、ビク付きつつも運転をしている状況である。
「さあ、どんな言い訳をしてくるのかしら?」
腕を組み、右人差し指をトントンと叩きつけながら、窓の外を睨みつけている私。
空は憎たらしいくらいに、いいお天気だというのに。
なんで私の心の中は、惨めで情けなくて悲しくて悔しくて苦しくてムカついてって、こんなにもやりきれない歯がゆい思いに支配されないといけないの?
こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえ、私は無言の圧力を運転手の背中に投げかけたまま、ただ静かに目的地へと到着するのを待っていた。
しかし・・・。
やっとのことでたどり着いた目的地は、もぬけの殻だった。
家具も何一つおいていない、空き部屋と化していたのである。
「もしかして・・・」
立て続けに彼の会社に行ってみれば、
「はあ? これってどういうこと?」
そこにはA3用紙いっぱいに印刷された“空き店舗”なる文字が、堂々と貼り付けられていた。
窓から中を覗いても、当然何一つない空っぽの部屋。
「ナンナノコレ? 私、何かに化かされてでもいるの?」
何がなんだかわからない。
自分の身の起こっている状況も、目の前の光景も・・・。
それから、どうやって帰ったのかは、記憶にはっきりしない。
気が付けば私は、28歳の誕生日に元カレに騙されて購入した、35年ローン付きのマンションへと帰っていた。
部屋の間取り、雰囲気、立地条件などすべてが私の理想である、私名義のマンション。
彼を説得して、結婚してからはここで一緒に住む予定だった、私のお気に入りのマンション。
これからもずっと、彼と幸せな家庭を築いていくはずの場所だったのに。
当然そこにも、彼の姿はなかった。
それどころか、彼の荷物が何一つ、歯ブラシさえもない状態である。
「もしかして私、結婚詐欺にあったってこと?」
慌てて貯金通帳や印鑑、カードや貴金属などを確認して回る。
しかし・・・。
結局何も取られてはいなかったし、使い込まれている形跡さえもなかった。
「そういえば・・・」
出会って付き合って、結婚するまでの3ヶ月。
彼からお金を無心されたことなんて、一度もない。
それにデート代は全て、彼持ちだった。
いつも割り勘を要求する私に対し、なぜか彼はそれをかたくなに拒むので・・・。
しかし、結婚式の資金と新婚旅行費は、話が別だ。
私がどうしても自分のプランで、理想通りの結婚式と新婚旅行にこだわったため、これだけは私の金で全て賄ったのである。
「この条件を飲んでくれないと、結婚しない!」
なんて、彼を脅迫してまで勝ち取った理想の結婚式と新婚旅行プランなのに・・・。
あわせて全額500万の損失プラス、35年のマンションのローン。
結婚できなかった私に残ったのは、それだけだった。
だって意気揚々とその場の勢いで、寿退社しちゃったもん。
明日からの生活費、どうしよう?
新婚旅行に合わせて、今までの思いの丈の恨みつらみを綴った手紙を、友達一同に送っちゃったよ・・・。
これで確実、友達ゼロのぼっち生活決定!
金ナシ・職ナシ・友達もナシ。
ついでに、結婚相手すらもナシ。
ナイナイづくしになったことに気がついたとき、私は無気力となって引きこもり生活へと、突入したのである。
その間ずっと、私は一人になって考えた。
スマホの電源も切り、玄関はきっちり施錠して、カーテンも締め切って。
外との交流を一切遮断して、ベッドの布団に潜り込んだまま、必死にいろいろ考えた。
「結局、彼は何者だったのか?」
と。
とても物知りな、どんな話題を振っても返してくれる、頭のいい人だった。
無口で無愛想な研究バカの私の父とも、話を合わせられるくらいだ。
笑顔が素敵な人で、見ているだけで癒される。
街を一緒に歩いていれば、ほとんどの女性が一度はすれ違いざまに振り返る、そんな見た目にもパーフェクトな男性だった。
婚活パーテイーで知り合ったその日に、お互いに意気投合。
三回目のデートでプロポーズされて、その足で両親へ挨拶に来てくれた。
いつも優しくてエスコートの上手な、スマートで紳士的な人だった。
私の意見を尊重し、いつのニコニコ笑顔で私の話をきちんと聞いてくれる、誠実な人だった。
今まで付き合った中身のない男どもとは違って、いやらしい目つきで私を見ることもなければ、すぐにエッチにもっていくような人でもなかった。
というか、
「結婚までは、大事にとっとくべきだよ?」
結局は私たち、未だ体の関係のない清い付き合いであったことに、今更ながらに気がついた。
「もしかして、何もないのがいけなかったの?」
「私があまりにも、プライドの高い女だから呆れられた・・・とか?」
「つまらない女って、捨てられた?」
嫌な思いばかりが、ぐるぐると頭を駆け巡る。
布団を頭からかぶって別途に潜り込んだまま、そんなネガティブな妄想ばかりをしてしまう日々。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
といいますか私の性格上、いつまでもウジウジと悩んでいるということが、できなかった。
「えーい! ヤメヤメ! こんなにしみったれた負け犬生活なんて、私らしくないわ!」
なんて引きこもり生活10日目にして、考えることに飽きてしまったのである。
まず最初にしたことは、部屋のカーテンを開けて、窓を開けて、そして外の空気を体いっぱいに吸い込むこと。
時間はナイスなタイミングだった様子で、朝の6時。
朝日を浴びて元気を出して、頭の中を切り替えるのにはちょうどいい時間だ。
それから直ぐに、お風呂にゆっくり入って、全身をキレイに磨き上げる。
それからキッチンに行って、冷蔵庫をあさった。
・・・が。
結婚式のすぐ後に、一週間の新婚旅行を計画していたために、そこには何一つ、食材は見当たらなかった。
仕方がないので、お湯を沸かしてカップスープにカップラーメンにカップ焼きそばとまさに、『インスタント』ずくしで空腹のお腹を満たしていく。
お腹がいっぱいになって落ち着いたところで、初めて携帯の電源を入れてみた。
もしかして、彼からなにか連絡が入っているかもしれない・・・。
そう思いながら・・・。
「デスヨネ・・・」
内心、私は何を期待していたのだろう?
わかりきっていたはずなのに、なぜか心臓がドキン! と激しく高鳴り息が苦しく感じられた。
着信履歴には、両親からのみ。
案の定、彼からはもとより友達だと思っていた奴らからも誰ひとりとして、連絡は入っていなかった。
まあ、あんな手紙を送ったあとだし・・・ね?
女の友情なんて、こんなものよ!
フリーの時は、いつも鬱陶しいくらいにくっついてきて、
「私たち、親友だよね?」
なんてしこたまアピールしてくるくせに、男ができたとたん、ましてや結婚などしてしまったあとには、こちらが呆れるくらいに付き合いが悪くなる。
「結婚相手もいないあんたとは、所詮レベルが違うのよ!」
って、あからさまに見下しているような態度をあらわにしながら・・・。
でもそんなことよりも私が気になったのは、母から入っていた、たった一件のメールの内容だった。
そこには、
『琴華は本当に、刻也くんのことを忘れてしまったの?』
とだけ、記載されていたのである。
「彼のことを忘れる?」
何が言いたいのか、私にはさっぱり見当がつかなかった。
つい先日、結婚式をダメにして私に多大なる恥をかかせ、プライドをズタズタに切り裂いた挙句に姿をくらました、元結婚相手を私が忘れているってどういうこと?
母の言いたいことが、まったくもって分からない。
この謎かけに対し、私は一晩中考え込む羽目になる。
せっかく気分新たに、今までをリセットしてこれからを生きていこう! そう決めたばかりだというのに・・・。
そして翌朝になっても、私には答えを導き出すことはできなかった。
といいますか。
謎は、ますます深まるばかりである。
「こうなったら・・・」
私は、すぐさま机の上に置かれたノートパソコンを開いて立ち上げ、あるキーワードを打ち込んで検索してみた。
すると・・・。
「あった・・・」
そう。
そこには確かに、実在したのだ。
しかも、
『移転しました』
という、大きな文字とともに・・・。
彼の経営する会社は、今現在もたしかに存在していたのである。
しかも新たなる事業拡大のために、リニューアルまでして・・・。
ネットで検索してみれば、彼と私の結婚式前日に、別の地域へと引越しを終了させたばかりだという。
当然、ホームページの社長欄には、彼の名前と写真に簡単なプロフィールが載っていた。
「さてさて? これは一体、どういうことなのかしら?」
ますます状況が飲み込めない。
しかし。
私の中ではまた、新たなる怒りがこみ上げてきた。
体がわなわなと震えだし、両手の握りこぶしに力が入る。
「とにかく、私には説明してもらう義務があると思う!」
私はなんとか怒りを落ち着かせると、久しぶりに、きっちりバッチリしっかりと念入りにメイクをした。
次は気分を落ち着かせるために、淡い水色のスーツを着込む。
心を落ち着かせ、冷静になれる色らしいので、このチョイスできっと私は大丈夫。
自分にそう言い聞かせて・・・。
それからカツカツとヒールの音を鳴らしながらも、11日ぶりに部屋の外へと歩みだした。
外は相変わらず、憎たらしいくらいにいい天気。
今からハイレベルな敵陣に乗り込む、弱小戦国武将のような気分の私にとっては、太陽の光が眩しすぎた。
「せめて今日、雨なら良かったのに・・・」
もしも。
悔しくて情けなくてとにかく辛くて・・・。
そんな気持ちに耐え切れなくなって泣いたとしても、それは雨の雫だとごまかせる。
だから雨は好きだ。
どんなに辛い気持ちも、降りしきる雨水で洗い流してくれるから・・・。
なのに今日は、晴天=日本晴れ!
「もしかして私、今日は日取りが宜しくない?」
そんな考えが頭をよぎり、一瞬決心にぐらつきが生じる。
しかし・・・。
「天気がなによ? そんなもので私の気持ちは、変わりはしないわ!」
気が付けば私は、彼の新しい会社へ向かって、ただただ前へと進んでいったのであった。