前編
『初恋は実らない!』
とは、よく言ったものだ。
かくいう私、井上 琴華(29歳崖っぷち)もその一人。
初恋の人は私が五歳の時、母親の再婚によって何処か遠くに行ってしまった。
『大きくなったら、結婚しようね』
その頃の私にはまだ、言葉の意味すら分かっていなくて。
そう言われた時には、私の頭の中では、つい先日行った親戚のお姉さんの結婚式の光景が思い浮かぶだけだった。
滅多に食べることのない、豪華絢爛で美味しいご飯。
花嫁を彩る、きらびやかな花嫁衣裳。
出席者全員の祝福を受け、幸せいっぱいなふたりの満面の笑み。
それを思い出しただけで、
「うん、いいよ。約束ね?」
なんて、今思えばなんとも考えなしで、軽はずみな返事をしてしまっている私。
しかし、目の前の彼は私の返事に、とても幸せそうに、嬉しそうに微笑んだ。
そして、
「絶対だからね? 約束だよ、ことちゃん」
「うん、約束だよ。ナツくん」
そう言うと彼は、結婚の約束の印といって、私の額にキスをした。
あの頃の私、なんてピュアなの?
ようやくわかるようになった頃には、5歳年上のお相手=ナツくんとは、全く会えなくなっていた。
『でも、約束していたんだからきっとそのうちどこかで・・・』
少女漫画的な発想をしていたら、気が付けばもう25歳。
周りはどんどん結婚していた。
晩婚化の進む現代。
なぜ、私の周りだけがこうも早いのか?
実際、私の母も16歳で父と結婚、すぐさま私をもうけた。
祖母もまだ、66歳という若さ。
『結婚相手は、もう決まっているもん!』
と言い切って、中高大と一貫の女学校に通い、彼に会うまでと純潔を保ってきたというのに。
周りの友人も皆、女子高上がりなのにどうしてみんな、そんなに結婚が早いんですか?
社会人になったと同時に、仲のよかった5人組の私を除いた4人はみな、25歳までに結婚してしまったのだ。
当然、私は蚊帳の外。
だって私、男性とお付き合いなんてしたことない!
大学を無事に卒業し、せっかく社会人になってバリバリ働いているというのに、なぜか職場でさえ結婚ラッシュ。
ついに私についたあだ名は、“エンジェルさん”=恋の天使らしい。
そんな称号、はっきり言って全然嬉しくない。
私の周りは皆、結婚して幸せいっぱいだというのに、どうして私には運命の相手が現れないの?
一体いつまで待たせる気なの?
そこで私は考えた。
待ってばかりではダメだ! 自分から探しに行かなくちゃ! って・・・。
そんな考えにやっとたどり着いた頃、私は既に27歳となっていた。
もうこの年齢の頃には、昔の約束なんて黒歴史でしかない。
結局は、子供の他愛のない約束。
大人になってまで、覚えている訳なんてない。
相手は私よりも5歳も年上、もしかしてもう、別の女性と暖かい家庭を築いているのかもしれない。
なんせあれから22年、一度だってあったことがないのだから。
27歳になった年、私は過去の初恋にサヨナラをした。
職場は相変わらず、結婚ラッシュ。
高校のクラスメートでは唯一の、“結婚していない女”となってしまったのである。
そんな“恋愛運最悪”な私の状況を無視して、何故か仕事運は絶好調のうなぎのぼりであった。
実力が認められて、ドンドン忙しくなっていったのだ。
それに伴い収入はグングン上がったけれど、その分出会いの場を阻害されている。
そんな思いから、今まで興味すらなかった合コンにも積極的に参加した。
結局、29歳までに結婚につながる相手は現れず、気が付けば婚活パーティーへ行く羽目に・・・。
そこで出会ったのが、今日の結婚相手です。
決め手は、
「仕事に一生懸命打ち込む君は、素敵だよ」
の一言だった。
将来の人生設計を考え、仕事優先にしていたら今までの男は皆、他の女のもとへと旅立っていった。
ろくな稼ぎもないくせに、
「俺より稼げる女はちょと・・・」
「俺が働かなくても、お前の稼ぎで十分じゃん?」
「家庭的な女性が好きなんだ」
などと、現実を見ないで好き勝手なことをほざく歴代彼氏たち。
今となっては思い出したくもない過去の彼氏どもと違い、彼はちゃんとお金も稼げる立派な大人の男性。
第一、私を否定しない。
ちゃんと、あたしの意思も尊重してくれる、あくまでも平等に接してくれて男尊女卑ではない男性。
やっと出会えた、結婚するには理想的すぎる高物件。
それが彼なのである。
「30前ギリギリセーフだよ・・・」
今も昔も、結婚願望の強い女性にとって、“30歳”という年齢は、とてつもなく重たいものなのである。
まあ過ぎてしまえば、どうってことないらしいんだけど・・・。
相手は、五歳年上の九条 刻也さん。
婚活パーティーの中でも、ひときわ目を引く綺麗な顔立ちに、モデルかと見間違うようなスーツのよく似合う整った体つき。
透き通るような少し病的な白い肌に、見つめられただけで心を射抜かれてしまいそうな、綺麗な切れ長の瞳に、漆黒に濡れた髪がより一層、彼の男の色気を際立たせていた。
こんなにいい男だったら、こんな所に来る必要もないと思うんですけど・・・。
なんて警戒していたけれど、実際にフリータイムで話をしてみたら、とっても気さくで話しやすい物知りで聞き上手な、優しいお兄さんでした。
25歳の時に友人と立ち上げた会社が、株式市場に出るほどに急成長を遂げた、会社の社長さん。
とても穏やかで優しくって、見た目だけでなく社会的地位も性格もすべてが周りが羨むほどの、とても自慢な私の旦那様。
その彼と今日、ここで結婚式を挙げるのだ。
誰もが羨む結婚式。
みんなが羨望の眼差しで、私を見つめている。
内心では、
「あの年になっても、結婚できないなんて可愛そう」
「元々、彼氏さえもいないじゃない?」
「いつまでも、夢見すぎよ? 現実がわからないなんてなんて惨めな女なの?」
「ちょっと美人だからって、お高くとまりすぎ!」
「いつまでも若いとか、ふざけたこと思ってんじゃねーぞ!」
「チヤホヤされるのも、今のうちだけよ?」
彼氏や旦那の愚痴をこぼしながら、自分たちには相手が居るのだからと、明らかに独り者の私を見下していた奴ら。
女の友情なんて、こんなものだ。
今に思い知るがいい!
私がこの中で一番、幸せな結婚生活を歩むのよ?
あんたたちみたいな、毎日安い食材探しにスーパーをあくせく徘徊し、子育てに髪を振り乱しながら他人の悪口を言って憂さ晴らしをするしか能のない、ボンクラ主婦とは違うのよ?
・・・・・・なんて、内心思いっクソ彼女たちを馬鹿にし、蔑みまくったのがいけなかったのか?
なんと私、バチが当たってしまいました。
しかも今日、結婚式の当日に。
『人生、終わっちまったよ・・・』
なんて、ガラにもない弱音を吐いてしまうには、それなりの理由がある。
っていうか、こういう状況に陥ったら、誰もがそう感じるはずだ。
会社の人たちも呼んで、親戚一同も呼んで、一応友達とつく人種の皆さんも呼んで。
私は、人生で一番光り輝いているその様を、今日この場でみんなに見せつける予定だったのに・・・。
何がどうしてこうなった?
私、なにか悪いことしましたっけ?
っていうか、どこで人生計画狂っちゃったの?