⑦いつまで飲んでんだ
「お待たせしましたー!厳選ベルギービールのお客様~!」
「一口にビールと言ってもですね、先輩がビールと呼んでいるのは大体ピルスナーって種類のヤツなんスよ、これ何かフレーバーに桃使ってて呑み心地も爽やか!!!どうっスか!?」
夜が深まっていくにつれて饒舌になり始めた斎藤の酒薀蓄、同時にグイグイと酒を勧めて進めていく。
「うるせぇよ豚野郎っ、ブッサイクな面して小洒落たもん飲んでんじゃねぇよ女子かお前っ!」
この豚モモみたいな香りがするぅ!って、何下味つけてんの?美味しくなっちゃうの?オークだけに樽にうるさいって喧しいわ!
「女子……そういや、話逸れますけど先輩彼女いるンスか?」
急激に主旨とはあさっての方向転換を見せる深酒特有の会話進行。
「いねぇなぁ……、何処にも」
「いや、何スか何処にもって」
まるで夜空に死んだ恋人でも見えているかのように懐かしげに遠くを見つめる触手。尚、その方向は窓とは逆であり、立て襖の向こうで野球拳をやる為に立ち上がった大学生と目があったのですぐに視線をテーブルに戻した。
「んふふ、ふはっ!聞いてやるな斉藤、こいつは女の子と付き合った事がないのだよ!なっ?」
「……」
「え?マジスか?」
無言でカツオのタタキを醤油につけている触手を斎藤が訝しげに見つめる。その視線を浴びながらも触手は孤独に宇宙空間に漂うように無心にカツオのタタキを頬張る。
「マジだよなぁー?はははっ!」
そこに激突する彗星の如く肩に腕を回し爆笑する片桐。
「テメェ!?俺がモテねぇのがそんなに楽しいかっ!?ああ!?」
即引火。胸倉を掴んで猛烈な勢いでガクガクと揺さぶる触手。
「あっはっはっはっはっは~」
「ちょちょっ!先輩落ち着いて下さいよ!片桐さん酔ってますから!」
両者の間に割り入って鎮火に勤しむ斎藤。
「って痛っ!?なんスか片桐さん!?」
必死に触手を牽制するオークの後頭部にベチンと衝撃が走る、見れば目の座った淫魔が不満げにビンタをくれている。
「馬鹿言え豚野郎!酔ってなどおらにゅはっ!」
「いや酔ってる!完全に酔ってますよ片桐さん!」
「酔ってないわよぉ、もう」
「うわわ、ちょちょっ、サキュバスモードになんないで下さいッスよ!?ホラ、前ボタン閉じて!店員さん見てますから!?」
「斉藤ぉ、正直に言えよぉ」
「今度はなんすか!?」
点滅するように性別を転換する片桐にスーツのジャケットを押し付けていると、今度は触手に肩を掴まれる。振り返ると胡乱な眼差しをした触手がカルピスサワーを煽りながら、背から伸びた触手をくねらせている。
「お前、ああやっぱりとか内心思ったろ?」
「え、ちょ、いきなり何を」
「思ったのか……」
「いやいやいや、全然!ぜんっぜんッス」
「斉藤、正直に言えよ」
声のトーンが下がっていくにつれて、反比例して背後から伸びる触手の数が千手観音の如き様相を呈し始める。
(や、犯られる……!?)
斎藤は本能的に危機を察する。実際のところ触手はこう見えてかなりニュートラルな性癖をしているのだが、仕事とあればまぁ色々総合格闘技というか総合格闘技というか総合格闘技な感じなので間違いが起きないとも限らない。
「サイトー、なんか俺熱くなってきたぁ」
背後から火照った調子の片桐が服をはだけさせる衣擦れが聴こえてくるが、声色が男だ。なんだこの地獄は。
(クッ!前門の虎、後門の狼……!)
オークの額に温度からではない緊張からくる脂汗がぶわりと滲む。このままではまずい。方向転換だ!
「せ、先輩はどんな子が好みなんスか!?」
「おいおい、いつから俺を無視できるほど偉くなったんだ斉藤さんヨォ!?ああ!?」
失敗!
「かか、勘弁してくださいよ~」
ガタン!とテーブルの上に一本の触手が叩きつけられ委縮する斎藤。出そうと思えば何十と出る触手の触手はそれ一本で成人女性を軽く持ち上げた上で色々出来る馬力を有している。
「俺は、そんなに、アレか?何か女が避けて通る感じなのか?あ?」
「何でそんなネガティブなんすか先輩!?……あの、もしかして」
「あん?」
「先輩も酔ってますか?」
「酔ってれぇよ!?」
「うわぁ……」
(絡み酒かよお)
そして五分後……。
「ねぇ触手ぅっボタン締めてぇ♡」
「うるせぇ!テメェでやりやがれ!!第一俺は作れねぇんじゃねぇ作らねぇんだよっ!!」
「キャッ!?いやーん♡」
「マジで触手に掴まれた瞬間に男に戻るのやめてくんないスか!?あ、違います!撮影じゃないです!」
「俺は魂の綺麗な女性とお付き合いしたいんだあああああああああああああああああああ!!!」
「きゃははははははははは!」
「お待たせしました烏賊の塩辛のお客様~!」




