⑤ゼルマギッツの悩み
2人は町の家々から少し逸れた、石切り場近くの古い家を拠点としている。
もとは空家だったものをギルドからの紹介で町に許可をとって格安で使わせて貰っているのだ。
何でも少し前までは怪しげな老人が住んでいたそうなのだが、いつの間にか何処かに消えていたらしく。もとより町の人間は気味悪がって近付かなかったが、ゴロツキどものねぐらにでもされるくらいなら壊してしまおうと考えていたらしい。
2人を案内した初老の男性は不審そうな視線を2人にくれながら「まぁ、同じゴロツキでも金を入れてくれるなら考えものか」と苦笑いしていた。
グレンと話し込んで帰るのが少し遅くなってしまった為、キャスパーはまだ台所で調理をしている最中だった。
この町での情報収集、ギルドとの交渉その他もろもろの大抵はゼルマギッツが行う。基本的に口下手で見た目が凶悪なキャスパーは迷宮や裏道りはともかく、その辺りを下手に動くと周囲の住民を不安にさせてしまう。まぁゼルマギッツもキャスパーよりマシという程度で怪しさは似たり寄ったりだが。
その代わりという訳ではないが、毎日の炊事洗濯はキャスパーの仕事である。
「~♪」
普段どもりがちなキャスパーだが鼻歌までは詰まらないらしい、上機嫌に刻んだ芋や人参をフライパンに落としていく。
外見からは想像もつかないがキャスパーの料理は中々のものである。本人も料理が好きだ。ゼルマギッツなどたまに外食しても内心物足りないと思ってしまうほどだ。しかし不思議な事にキャスパー自身は、食事の味の良し悪しについてそれほどこだわりが有る訳でもない。キャスパーはゼルマギッツが喜ぶから旨い料理を作ろうとするのであって、自分一人が食べるなら「ただ」刻んだ野菜や「ただ」焼いただけの肉をかじるだけで充分だと思ってる。正確に言えば、彼は「焼いたり」「刻んだり」するのが好きなのだ。
「キャスパー、何か手伝いますか?」
ガスマスクがひょっこりとキッチンを覗き込んでくる。
「あ、ありがとゼーマ」
ゼルマギッツの声を聞いたキャスパーは左手でフライパンを振りつつも器用に右手だけをさくさく動かして上の棚からカップを二つ取り出し、流れるような動作でポットで暖めていたミルクをカップに注ぐと大きな手で二つのカップを掴んで彼女に手渡した。一歩たりとも移動せず右手だけそれをこなすのだからやや驚きだ。
「ここ、これだけ、さ先にテーブルに」
ゼルマギッツを見ながら凶悪な表情で笑ってみせつつ、この間も左手のフライパンはジュージューと音を立てながら刻んだ食材を宙に舞わせたり受け止めたりしている。
「はーいっ」
ちなみにゼルマギッツの方は掃除洗濯はともかく料理はてんでお手上げだったりする。なにしろまだ十歳に満たない少女なのだから当然か、そもそも台がなければゼルマギッツの背ではキッチンに届かない。長い腕で縦横無尽にキッチンを支配するキャスパーとは対極だ。
「あ、熱いから、ききっ気をつけて」
「うん!」
カップを両の手で、少し危なげに受け取るとゼルマギッツはダイニングへトテトテと消えていく。
「あっキャスパー!」
「な、なんだい」
「この前グレンさんから貰った氷砂糖がまだ二欠片残ってるよ、入れる?」
それはこの間グレンが自警団の経費で仕入れたノースランドの氷砂糖、そのおこぼれだ。砂糖も氷砂糖も別段珍しいものではないが、ノースランド産の氷砂糖は特別だ。
ノースランドの厳しい気候の中で研磨されたチップツリーは栄養価が高く、その甘みも濃厚で癖がない、それでいてチップツリーの爽やかな風味が後を引く。この独特な風味がまた乳製品との相性抜群。所謂甘党には堪らない一品だ。
この特産品がもっとも盛んに取引されるのが王都近辺であり、残念な事に消費もそこに集中、完結している。ノースランドから王都を挟んでしばらくのこの地方では地理的都合上その余り物か、昔から町と親交の深い行商が少量持ち込んで来る程度でしか拝めない。ここでは割合珍しいものなのだ。
「お、俺は舐める!ひひ」
料理の味には興味がないキャスパーも甘味は別だった。甘いものを口に含んでいる間は何とも幸せな気持ちになる。
「じゃあアタシは入れる!ふふ」
よほど楽しみなのだろうゼルマギッツからも思わず笑みが零れた。
間もなくしてキャスパーが腕によりをかけた豪勢な料理がテーブルに並んだ。豪勢といっても種類こそ多いが全体的に一品一品の量は少なめだ。まだ子供のゼルマギッツは言わずもがな、キャスパーの方も割りと小食なのだ。
「ん~~!すごい!おいしいよキャスパー!」
「きょ、今日は、そ、そそ素材が良いからね」
「おいしい!」
筒状にしたパイ生地の中にみじん切りにした野菜や肉を詰めたモノに舌鼓を打ちながらゼルマギッツが小さな歓声を上げる。
歯を入れるたび、生地のパリッとした食感とシャッキリとした野菜の歯ごたえ、そして濃厚な肉汁が 口の中に溢れてくる。食感の楽しさに加えて素材自体の味が皆生きていて飽きがこない。付け合せの紅いソースがまたピリリと甘辛く食欲をそそる、病み付きになる一品だ。
「これっ、何て言う料理なの?」
「ぶ、豚のパイ包み焼き、か、かな?」
「むむっ!でも普通のミートパイと色々違うよ?」
ついついそればかり皿に取り上げてしまうゼルマギッツだが、他の料理を一瞥して眉根を寄せた。 ゼルマギッツは小さい、最近グレンに「軽いな~成長期なんだからいっぱい食えよゼルマちゃん」と言われてから沢山食べる努力をしているがどうにも小食だ。こればかり食べていたら胃袋の小さいゼルマギッツはすぐに満腹になってしまう。他にも美味しそうな料理は沢山あるのだ。
ソワソワと落ち着かないゼルマギッツ、それを嬉しそうに眺めるキャスパーはゼルマギッツよりもソワソワしている。
「き、生地と、具の間に、《パールワーム》の、う、薄皮を使ったんだ。ひひ」
「へ~、この前のモンスターって食べられたんだ」
《パールワーム》は迷宮に漂う異界の魔力を吸って成長した乳白色の大蛇だ。浅い階層でワラワラと繁殖している3m程度のものが大体だが、稀に20mを越すような異常に巨大で凶暴なものもいる。
「う、うん!マ、マスターが教えてくれたんだ。ち、珍味だって言って」
「もしかして、……他の料理もそういう隠し味がいっぱい?」
「うん!」
満面の笑みで何度も小刻みに首肯するキャスパー。反して不安そうに顔をうつむかせるゼルマギッツは、次の瞬間、
「もうっ!まったく君はすごいよキャスパー!キャスパーは天才だよ!」
頬を上気させて歓喜の悲鳴を上げた。
「ひひひ!」
「あっこれもおいしい!すごい!」
もうゼルマギッツはめくるめく美食の行軍に夢中になっている。キャスパーは照れくさそうにあさっての方向を向いて異様に高速かつ小刻みに頭を搔く。
結局ゼルマギッツは食事が終わるまでの間に「すごい」を10回、「おいしい」を21回言った。
食後、2人で後片付けをした後食べ過ぎたゼルマギッツは「もぅ、駄目~」と呻いて長椅子に仰向けで寝転がった。
「食べすぎた~……」
キッチンではキャスパーが鼻歌まじりに今日使いきれなかった肉を燻製にする準備をしている。新鮮な肉なので少し勿体無い気もするが、まだ季節は秋のはしりで生肉はすぐに駄目になるのだから仕方がない。
「……」
なんとなく、ゼルマギッツは仕方がなくない気がしていた。理由は分かっている。
「~~♪」
「ねぇ、キャスパー」
「な、なんだい?」
「キャスパーが治療に行ってる間にギルド行ったんだけど、募集、駄目だったって」
「う、うん。そそ、そっか。残念、うん」
募集とは、迷宮に潜る仲間の募集だ。ゼルマギッツとキャスパー、2人という人数は迷宮探索者としては少ない。よほど特殊な事情でもないかぎり4人から6人ほどの人数が迷宮潜りの基本だ。
卓越した武術、時には身を挺して獰猛なモンスターから仲間を守る戦士。
俊敏な軽業と鋭い洞察力で迷宮の仕掛けを見破る遺跡荒し。
迷宮での治癒呪文は勿論、不死者を退ける退魔呪文まで扱う神官。
魔術的構造の造詣に深く、圧倒的な威力を誇る攻性呪文【魔術】を扱う魔術師。
取り分けこの四つの職業は迷宮探索では外せない存在であり、現状ではキャスパーが《ファイター》と《シーフ》を兼任し、ゼルマギッツが《プリースト》と《メイジ》の役割を兼任しているのだがお互い本業ではない。
キャスパーの戦いは守りには向いておらず、ゼルマギッツは治癒呪文が不得手、加えて呪文を連打出来るような年齢でもない。
「ごめんね」
「ぜ、ゼーマが謝る事じゃない。うん、しか、仕方ない」
「……うん」
ゼルマギッツは少しだけバツが悪そうに返事をし、表情を曇らせていたが幸いキャスパーには気付かれなかったようだ。
このところいつも、ゼルマギッツは考えてしまうのだ。
(キャスパーは、料理が上手だし、いい人だし……仲間が出来ないなんて変だよ)
確かにちょっと人見知りする部分は有るし、外見は恐いけど。誰だってきっと話せば分かってくれる。
(じゃあ、やっぱり……)
ゼルマギッツはむくりと起き上がってテーブルの上に置いたガスマスクを見た。それはゼルマギッツの外での顔だ。ガスマスクがランタンのオレンジ色の淡い光を受けて鈍い光沢を放っている。
覗き込んだスモークレンズに映った自分を『視て』、ゼルマギッツはどうしようもなく申し訳ない気持ちになる。
(私がこんなんだからだよね)
しかし、どうだろう。これが、これこそが彼女の師匠《万魔のオルト・ノヴァ》がゼルマギッツに遺した唯一の形なのだ。あの大魔導をして生涯最高の傑作と言わしめた『これ』は既に少女の中で自分以上の存在となって重くのしかかっている。
『これは俺の最高傑作だ。如何なる存在もこの価値に及ぶ物はない。神さえも、狗のように尾を振りひれ伏すだろうよ』
ほんの二年前の事だ、師匠が旧知の友人にゼルマギッツを紹介する際、『これ』をそう呼んだのだ。
エルフ族の男性は何故か、自分がとても悪い事をしてしまったみたいにゼルマギッツの頬を撫でて
『すまない』
と言った。
当時のゼルマギッツには彼が何故謝るのか分からなかった。師匠に施された術式は完璧、どころか芸術的だとさえ彼女は思っていた。彼女は誇らしかった。彼女は嬉しかったのだ。
だからその時のゼルマギッツは何をするでなく、何を思うでなく、ただキョトンと男の顔を視ていた。
だが今は少し違う。
師匠と男の間にどんな密約が交わされていたのかは知る由もないが、師匠が死んで一年経ち、要領が良く感受性も豊かな彼女は急速に自身を知る事になった。そして今では、男の謝罪の訳が曖昧ながらも少しだけ分かるような気がするようになった。
いや、分かってしまったのだ。
「……」
彼女は自らの頬に指をあてがい、俯く。
過ぎた力なのだ、今の平和な世界にとって不要な存在なのだ。いや、それどころか『これ』自体が新たなる争乱の種になり得る、いわば爆弾だ。
(不要……)
言の葉は頭の中で反芻され絡み合い生い茂り、ざわめく、心の奥底で根深く張り巡ってゆく悔恨は肺腑を締め付けて呼吸のリズムをおかしくする。
「ううぅ……」
まただ、息が上手く出来ない、胸が苦しい。胸を押さえる。痛い。痛くて苦しい。
ゼルマギッツは慌ててガスマスクをかぶる、すると不思議な事に、少しづつ呼吸と動悸は静まっていく。
「ハハ、ごめんね、……キャスパー」
自分はまるで陸に打ち揚げられた魚みたいだと彼女は自嘲気味に笑った。
その内側に籠もった小さな呟きはキッチンには届かないし、頬を細く伝う雫もマスクは覆い隠してしまう。
彼女は苦しいのだ。
何故ならゼルマギッツにとっては今でも『これ』は誇らしくて嬉しくて堪らないもののままなのだから。
まったりと更新していきます。




