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③お祭り

 「おかえりキャスパー!平気だった?」


 神殿前の公園で大きな紙袋を抱えてベンチで足をぶらぶらさせていたゼルマギッツは、キャスパーの顔を見てベンチから勢いよく立ち上がった。


 「う、うん!ぜ全快した!ヒヒヒ」


 キャスパーの笑い方は、これこそ彼には何の罪もないのだが不気味だ。悪鬼インプに似ている。そして今の状況は一見人攫いにも見える。実際この町に来て間もない頃はよく間違われて自警団のお世話になった。ついでに人攫いの誤解を解いてもゼルマギッツ自身もガスマスクなのであまりにも不審だった。

 冒険者という職は往々にしてあまり人受けする仕事ではない。むしろ露骨に嫌煙する町も少なくない。冒険譚などで知られる勇猛で理知的な彼等の姿の多くは幻想と誇張であり、大多数の冒険者は乱暴なゴロツキや、一つの街に根を降ろす事の出来ない訳が有る者達だからだ。ゼルマギッツら2人もそのご多聞に漏れず、この町では露骨に嫌煙されている。だが


 「あ、ぐグレン」


 「おう、お二人さん今帰りかい?」


 キャスパーに答えたのはランタン片手に巡回中の自警団員グレンだ。上背こそあまり高くないがその身体はがっしりとしていて身につけたスプリントアーマーがよく似合っている。短く刈り込んだ黒髪に人の良さそうな笑みを称えた好青年だ。


 「グレンさん!こんばんわっわ!あわわ」


 勢いよく頭を下げ過ぎたゼルマギッツ、抱えた紙袋からごろごろごろと林檎やらジャガイモやらが零れた。


 「くははっゼルマちゃんは相変わらずおっちょこちょいだな!」


 快活に笑いながら拾うのを手伝うグレン。


 「うう~、ご、ごめんなさい」


 「ヒヒヒ!」


 つられて隣で拾うキャスパーまで笑い始める。


 「ひどい!キャスパーまで!」


 「ははっゼールマちゃんお顔が真っ赤だぜ」


 「嘘です!あたしマスクしてますもん!」


 紙袋を横に置いて何故か勝ち誇ってみせるように胸を張るゼルマギッツ。しかし2人から見てゼルマギッツの顔はまさしく林檎のように真っ赤だった。その様子に意地の悪い笑みを浮かべたグレンがチョイチョイと自分の耳を指す。


 「?」


 「ぜ、ゼーマ。ミ、耳真っ赤だよ」


 「~~~~~~っ!!」


 思わず両手で耳を押さえ後ろを向いてうずくまるゼルマギッツ。しかし既にローブから覗くうなじまで真っ赤なのだからどうしようもない。


 「だ~ごめんごめん!ゼルマちゃん!もうからかったりしないから!」


 このグレンという男はこの町で仕事上の付き合いを除けば2人に話しかけてくる唯一人の人間だった。元を正せば余りにも頻繁に通報される2人が駐屯所のグレンの顔を覚えてしまい、何回目かでゼルマが深く謝罪したのがきっかけだ。それ以来グレンは2人の事を「見た目はアレだが、どちらかというと礼儀正しい子達」といった風に見ている。

 しばらくして落ち着いたゼルマギッツとキャスパーとグレンの三人で立ち話をした。と言ってもキャスパーは2人の話しに楽しげに相槌をうつだけだが。


 「ところで、今日の迷宮の様子どうだった?何かおかしくなかったか?」


 「迷宮の様子ですか?えと……今日は魔物が少なかったですね」


 「少なかったのか?ふぅむ」


 何か考え事をしているらしくグレンは顎を搔いて斜め上に目をやっている。


 「どうかしたんですか?」


 「いや、一昨日ぐらいからどうにも3グループほどギルドに帰還申請を出してないらしい」


 「3つですか…それは、多いですね」


 小さくもないが取り立てて大きい訳でもないこの町には今、たった2人だけのゼルマギッツ達パーティを入れても探索隊は7グループしか登録されていない。3つとなれば三分の一以上が迷宮から未帰還という事になる。


 「噂では、監獄の魔君がどっかで甦ったっつー話しもあるしな」


 「魔君って、あのダンジョンを作ったっていう」


 監獄の魔君『アスター・ド・ブラッドベリ』、今から1000年ほど前にこの地方に君臨していたと伝えられる魔人だ。獄中で悪魔に魔術を伝授された女が圧倒的な力でもって当時の王政を打ち倒しこの地に歓楽の都を築いた。伝説によれば彼女の振るった生気を吸う魔剣《イグニ=グラス》は一度振るえば千の兵の魂を吸い尽くしたと言われている。


 「噂だよ、噂。つーかあの話だってそもそもが眉唾モンだ」


 あくまで伝説の話しで、確かな事は1000年前にこの地方に世界有数の歓楽街があり。そしてブラッドベリという人物がこの地を統治していた事ぐらいだ。

 そもそも一年前にあのダンジョンが見つかるまでそんな伝説も浮いて来なかったそうな。


 「話しに尾ひれがつきゃそんだけ町に人も集まるし、ゼルマちゃん達冒険者がダンジョンを綺麗にしてくれればデッカイ観光資源になるからな」


 「そういうものですか」


 「つーかホントにゼルマちゃん達聞いてない、の?」


 聞いてしまってからグレンは「しまった」と自分の迂闊さに気がついた。案の定ゼルマギッツは凄まじく落ち込んだ様子で表情?を曇らせた。気がした。


 「えと……あはは、あたし達、あんまり組合で好かれてないですから……はは」


 マスクの内側から空虚な笑い声が零れる。


 「うう……」


 キャスパーも小さく唸る。落ち込んでいる。めちゃめちゃ落ち込んでいる。ただでさえ暗い見た目の2人が落ち込むと、見るだけで運気が急降下しそうなほどそれはもう凄まじく暗澹とした空気が発生する。


 「そ、そんなん気にスンナ!おいキャスパー、お前までへこんでどうする!」


 「ごご、ごめん」


 「元気出せ!そうだ、来月末は祭りがあんだぞ知ってたか?」


 「お祭り、ですか?」


 「そうとも!13天月の王下祭!12の都市を挙げて盛大にやるこの地方の名物!仮装行列が目玉 だからゼルマちゃんもキャスパーも変な目で見られないぞ!」


 「お、おおっ!」


 「仮装行列、ですか」


 (お、喰いついてきたな)


 キャスパーは見目も明かにワクワクしているようだし、ゼルマギッツもやはり中身は歳相応の少女だ、興味有り気に顔を持ち上げた。


 「あとこれは噂だが」


 「グレンさんって意外と噂好きなんですね」


 「うっ、そうかも。じゃなくてこれはあくまで噂だがな」


 グレンは少しもったいつけて同僚から又聞きした噂を披露した。


 「なんと、お忍びで皇子殿下が来られるらしい」


 「レイゼル殿下が、ここ、来られるんですか!?」


 レイゼル・K・ウルフボーン・ジュイラス4世はこのケルベニア王国の第一皇子だ。第一皇子レイゼルと言えば眉目秀麗頭脳明晰を地でいく事で名高く、彼の名を聞いて頬を上気させない女はいないとまで囁かれている。それはもう絶世の美男子なのだ。

 話し聞いたゼルマギッツももう気が気ではなかった。鼻息荒く、ガスマスクのスモークレンズをキラリと光らせた。


 「こらこら、ゼルマちゃんしー!しー」


 「ほほ、本当ですかぁ?でも、だって殿下が、え~そんな、う、噂ですしねぇ」


 「ぬっふっふ!ところがどっこいこの話しはブラッドベリ何かよりも信憑性のある話しなんだなこれが」


 「ど、どうしてですか」


 「聞きたいか?」


 「はい!」


 「よし!ゼルマちゃん、キャスパー君耳を貸しなさい」


 薄暗い公園の端にしゃがみ込む三人。


 「……」


 「……」


 「うちの駐屯所のアレックスの奴が昔は王都住みでな、王室警護を何度か見たことがあんだと。でだ、最近その中で見た顔が何人かこの町を私服姿でうろついてるのを見かけたらしい。まぁ確かに一昨年貴族会が通った時なんてそれらしい連中が祭りの前にわんさかうろついてたからな」


 「でも、それでどうして殿下が来るって分かるんですか?セレス姫殿下かチキータ姫殿下かもしれないじゃないですか」


 胡散臭げに尋ねるゼルマギッツに「ふふん」と鼻を鳴らしてみせるグレン。


 「馬鹿言え、チキータ姫殿下は今年成人だ。祭りの最後に奉剣式を控えてるから幾らなんでもお忍びで来る暇はないだろ。たぶん。セレス姫殿下はそもそもこの町に来た事がない」


 「ふむふむ」


 「これは有名な話しだが、一昨年の王行列の際の我が町の仮装パレードを殿下が大変お気に召してな。王室から寄付金が出て町が綺麗になったもんだ」


 この公園が出来たのもその時だ、そうごちて感慨深そうに頷いてみせるグレン。


 「つ、つまり」


 「レイゼル殿下が来る可能性、高いと思わないか?」


 「思います!」


 ぶんぶん首を縦に振るゼルマギッツ。


 「秘密だぞ?」


 その様子を見て満足気に腰を上げるグレン。


 「つー訳だ。お前らはんな深いトコまでいかねぇと思うけど気をつけろよ!」


 「はい!さよならグレンさん」


 「ば、バイバイ!ぐグレン」


 「応よ!じゃな~」


 手を振って巡回に戻ったグレンを見送ると、二人は軽い足取りで家路を急いだ。


 「はぁー……キャスパー、お祭り楽しみですね!」


 マスクの上から頬をぺちぺちと叩いて恍惚とした表情?をしているであろうゼルマギッツがキャスパーに話しかける。


 「う、うん!おオレ、仮装パレード観るの、は初めてだ!」


 こちらも抱えた紙袋を揺らしながら心底楽しみといった風に言葉を返す。

 二人の年齢は足しても30に満たない、片方が幼すぎるという事もあるが、だがグレンの予想通り2人はまだまだ子供なのだ。


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